コメント欄の閉鎖にいたった理由について。

いつも、だまされない女のつくり方をご覧いただきありがとうございます。

 

突然のコメント欄の閉鎖になりましたことを

改めて深くお詫び申し上げます。

 

今回の記事では、

閉鎖にいたった理由を詳しくご説明させていただきます。

 

 

いつかは閉鎖しようと思っていたコメント欄。

 

実は、夏までにはコメント欄の閉鎖をする方向で考えていました。

 

以前、

カウンセリングにお申し込みいただいているクライアントさんから

こういったご意見をいただいたことがあったんです。

 

「私は藤本さんの手をわずらわせたくないと思って、

コメントで質問をしたい気持ちを抑えて

カウンセリングまで我慢しているんです。

 

無料であれだけの情報をブログで提供してくださっているのに、

お金を払わないで質問するのは私自身が嫌なんです。」

 

本当に感謝しかない言葉を言っていただいたので、

思わず涙が出そうなぐらい感動しましたが、

思えば彼女のこの一言からコメント欄の閉鎖を考えるようになりました。

 

そして、今年に入ってからも

同じようなことを言っていただく機会が増えたこともあり、

本格的に閉鎖の時期を考えないといけないと思ったんです。

 

しかし、読者さんやクライアントさんに対し

毎日コメントの返信をする僕の姿勢を見て

カウンセリングへのお申込みを決意された方も

ありがたいことにたくさんいらっしゃったので、

「まだやめるわけにはいかないのかな」という葛藤もありました。

 

そういった点を差し引いても、

いただくコメントの量が今以上に増えたとき

返信が追いつかなくなるのは目に見えていたので、

そのときを見越して早期決断をしないといけないなと思っていたのですが

正直なところ、完全にやめ時を見失っていたことは事実としてあります。

 

いろいろグダグダと考えてしまい

具体的な閉鎖日時を決められずにいましたが、

実は今回の閉鎖は今年に入ってから考えていたことから派生した

「あ、もうやめよう」という直感に基づいてのものでした。

 

 

精神的自立を妨げるもの。

 

今年に入ってから、

「精神的自立」に関して考える機会が

すごく増えてきました。

 

精神的自立とは簡単に言うと、

「自分の頭で考え、自分で決めて行動し

どんな結果になっても責任を取ること」

の繰り返しによって確立されるものです。

 

これができない人は

一人で生活ができる「社会的自立」を果たしていても

精神的な自立を果たしていないので、ひどい場合になると

自分の頭で考えようとしないし流されやすく、

自分で決められないから相手に決めてもらおうとし、

自分で動いたことによる責任を取ろうとしません。

 

ここで言う「責任を取る」という言葉の意味は、

「すべては自分で選択したことである」

「行動した結果がどんなものであっても受け止め対処する」覚悟です。

 

自分がした行動に責任が取れない人は、

「誰々がやれって言ったから」

「誰々のせいで邪魔された」と人のせいにします。

 

そして行動した先の結果が思うようなものでなかったら、

「あのときこうしていれば」「あのときこうだったら」

と「たられば」ばかりを考え「現実」を受け止めようとせず、

延々と「自分にとって都合のいい答え探し」を続けます。

 

精神的自立を果たしていない人にとって妨げになるものは、

「楽をして何者かになれる情報」だったり

「搾取目的で善人ヅラして近づいてくる大人」だったりしますが、

実は「困ったときにいつでも助けてくれる人」も妨げになるんです。

 

親、友達、職場の先輩など彼らが手を貸せば貸すほど、

精神的自立を果たしていない人は依存に傾倒していきます。

 

無意識にでも

「困ったらあのひとが助けてくれるから」

と誰かを当てにしていると、

人は自分で考えることをやめ

自分で決めることをしなくなってくんです。

 

そんな風に精神的自立について考えていると、

「ブログのコメント欄は精神的自立の妨げにしかならないのではないか?」

と思うようになってきたんですね。

 

もちろん、

人生が好転したという近況報告の方はそのかぎりではありませんが、

僕が善意だと思ってしていたことが、

逆に自立しようと思っているの人の依存心を

助長させているのではと思うようになりました。

 

「コメントしたらなんでも答えてくれる人」

という自分を作ったのはどこまでいっても僕の責任であり、

それは大事なことを完全に見落としていたことが大きな原因です。

 

とある女性から聞いて驚いたことなんですが、

最近の小学1年生の体育の授業は「転び方」をまず学ばせるんだとか。

 

なぜなら、

転び方を教えないと頭から突っ込んで

転ぶ子供がものすごく多いらしいんです。

 

これが意味するのは、

子供が転びそうになったら親がその度に助けるので

痛い目を見ていないから子がいつまで経っても

「経験」で転び方を学んでいないということです。

 

僕も子供のとき、

むちゃくちゃな自転車のこぎ方をして急ブレーキを踏んだとき

頭から突っ込んで盛大にこけてしまったことがあるのですが、

大怪我にはいたらなかったものの

顔だけじゃなく身体中いろんなところを擦りむいたので、

「こんな運転をしたらえらい目に遭うんだ」とそのときに学習しました。

 

人は、自分が経験していないことは

どれだけ情報を仕入れたところで

経験が自分の血肉となっていないので、

身をもって学習することでしか

完全に腑に落ちるということはありません。

 

成功だけじゃなく数々の失敗経験も通じて、

人は「精神的自立」を果たしていくのです。

 

もちろん、何度も何度も同じような失敗をしてしまう人は

学習能力がないとしか言いようがありませんが、

2回目までは同じ失敗をしてもかまわないと僕は思っています。

 

そして、突如のコメント欄閉鎖にいたった理由ですが、

最近、あきらかに現実も自分も見えていない女性数人からの

恋愛相談がお問い合わせフォームから届いたんです。

 

現在、

無料カウンセリングは実施していないのでその旨を伝えると、

質問してきたときはすごく低姿勢なのに

「じゃあいいです」と一蹴されたり、

カウンセリングのご予約可能日時を伝えると

「長すぎて待てません」と言われたりして、

はっきり言ってしまい申し訳ありませんが、

完全なる「そういうところやで?」じゃないですか。

 

こういう人たちは自分で転び方を学ばないかぎり

僕がする現実的な話を受け入れることはできないですし、

厳しいようだけれど、彼女たちにとって必要なのは

成功体験じゃなくて失敗体験を通じて転び方を学ぶことだと思っています。

 

それから、コメントはすべて承認制にしていたのですが、

未承認のコメントがいくつかあったのでそれらに目を通していると、

その内容のほとんどが「自分で決めることができない」という内容だったんです。

 

こういった出来事が偶然積み重なって突発的な

「もうやめよう」という決断にいたりましたが、

「自分の頭で考え自分で決めて行動し、

どんな結果になっても責任を取る」、

そんな女性になってもらいたいという思いから

コメント欄を閉鎖する運びとなりました。

 

今までブログにコメントを残してくださった皆さま、

コメント欄を楽しみにしてくださっていた皆さま、

本当にありがとうございました。

 

突然の閉鎖となりこの度は大変申し訳ありませんでした。

 

今後ともだまされない女のつくり方と

藤本シゲユキを何卒よろしくお願いいたします。