人生に正解不正解ってないんだよ論~9月21日開催のラブズカフェ2.5@東京を終えて~

先日のラブズカフェ@東京にお越しいただいた皆さま、

本当に本当にありがとうございました!

 

今回もまた最高の夜を過ごさせていただき感無量です!

 

話したいことがありすぎて

3時間半という長丁場になってしまいましたが、

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

さて、今日のブログではラブズカフェ@東京で

お話した内容の一部を振り返りつつ、

違う視点から書いてみようかと思います。

 

人生に正解不正解ってないんだよ。

ラブズカフェでも繰り返しお話したことですが、

ここ最近、カウンセリングでも

「なにをしたら上手くいって

なにをしたら上手くいかないって、

あるようでないですよ」というお話を

よくクライアントさんにします。

 

たとえば恋愛の場面だと、

メンヘラ発動しまくって相手の地雷も踏みまくったら

ダメみたいなのはもちろんあるにはあるのですが、

少数ながらも「異常な愛され方」を好む人は存在するので

なにがなんでも絶対ダメということはないんですね。

 

まあ、そういう愛され方を好む人は

ものすごい依存体質だったりするんだけども。

 

なので、多数決で多いほうが正しい、

少ないほうが正しくない、みたいになってしまうのですが、

これが基準になると冒険できないし人としての面白みもなくなります。

 

なぜならこれこそが、

人と同じことをしていると安心する

日本人という種族の考え方そのものなんだから。

 

断言してもいいけれど、

自分の考えを持たず多数決で多いほうに流されてしまう人って、

人生も恋愛も上手くいきません。

 

だって、それは自ら量産型の人間になることを意味しているので、

そうすればするほど「その人じゃないといけない理由」がなくなっていくからです。

 

相手に思っていることをちゃんと言えない女性も、

多くの恋愛マニュアルに書かれているようなことを鵜呑みにして実践している女性も、

恋愛が上手くいかないのは、それが大きな原因の一つであると思ってください。

 

結局、男女問わず個性がない人ほど魅力がないんですよね。

 

言うまでもなく、個性とは人それぞれ違うものであり、

その個性一つとっても正解不正解がないわけです。

 

だって、評価は人が決めることであり、

価値は自分で決めるものなのだから。

 

ようは、自分でしか自分の価値を決められないけど、

その自分をどう評価するかは他者が決めることというわけです。

 

たとえば、それほど可愛くないけど

「私は超可愛い!」と思っている女性がいたら、

それが彼女の自分で思う自分の価値であり、

それほど可愛くないというのは人の評価。

 

逆に、めっちゃ可愛いのに

「私はブスだし・・・」と思っている女性がいたら、

それが彼女の自分で思う自分の価値であり、

めっちゃ可愛いというのは人の評価というように。

 

だったら、自分の価値を低く見積もっていいことなんてないじゃないですか。

 

「でも、勘違いしてるって思われたら嫌だし・・・。」

 

だから、それすらも相手の評価なんやって。

ていうか、いちいち自分の価値を人に言って、

同意とか承認を求めるから、勘違いしてるって思われるねん。

 

「ねえ、私って可愛いでしょ?そうでしょ?」

って言われ続けたら、その女性が可愛かろうが可愛くなかろうが

ほとんどの人が「こいつ勘違いしてんなあ」って思います。

 

「私、可愛いし!」ってただ言うだけだったら

押し付けてもないし、主張してるだけです。

 

そこに承認されたいという欲求もありません。

 

あと、勘違いしてる人って、

やたらと自分の価値を人に証明したがります。

 

やれ自分はこんなすごい仕事をしている、

やれ自分はこんなに稼いでいるというように。

 

でもこれって、

自分の価値を証明しようとしているんじゃなくて

鎧自慢になっているんですよね。

 

実際の自分に価値があると思っていたら、

職業とか収入とか家柄とかを自慢する必要ないし、

この人たちがやってんのって、ネトゲでいうところの

「どう?俺の装備すごくね?」と言ってる人と変わらないんですよ。

 

自分で自分のことを価値があると思っていたら

いちいち人に言わなくてもいいし、

同意や承認を求めてるということは

やはりどこかで自信がないんだと思います。

 

そういえば、

GUCCIの公式インスタグラムに渡辺直美さんが登場したとき、

彼女の体型を馬鹿にするコメントが相次ぎ、炎上したそうです。

 

しかし、渡辺さんはこう返しています。

 

みんな私の魅力にびっくりした様子?

まだ2%しか出してないのに痺れちゃったのね

まだまだこれからよ

 

アンチが「キーーーー!!」ってなるような返しですが、

彼女は別に太っている自分に対しての養護を求めているわけではなく

ただ「これが自分」と主張しているだけです。

 

しかも、この主張によって結果的に多くの人が

彼女から勇気や希望をもらっています。

 

自分の価値を低く見積もっていると、

こういう連鎖は起こらないですからね。

 

個性は貫けば貫くほど、

「大好き」と言う人と「大嫌い」と言う人に分かれます。

 

しかし、嫌われるのが嫌だからといって、

個性を出さないようにしていくと

嫌われることはそんなにないけれど、

だからといって劇的に好かれることもないので、

どっちでもいい状態になるんですよ。

 

これが、前述した

「その人じゃないといけない理由がなくなる」

という状態につながります。

 

言うまでもなく、

「この人じゃないとダメ」という状態は

個性的でないと成立しないということです。

 

恋愛面だと、愛される状態を作るのに、

相手に対して何かしなければいけないと

思っている女性が多いですが、

これは大きな間違いなんですよね。

 

だって、本当に愛される女性って

その女性にとって特別なことは何もしてないし

ただ存在しているだけだから。

 

彼女たちは、男性から感謝をされても

「えー、私何もしてないよ」って素で言います。

 

自分を貫くためには、さまざまな代償が伴う。

前述したような相手の地雷を踏みまくるなどの行為は

相手に対する思いやりも配慮もない行為なので、

やらないに越したことはないのですが、

執着じゃなくどうしても自分がしたいことであれば

人に迷惑をかけることもあるし、

そこになんらかの犠牲はかならず伴います。

 

つまり、時と場合に応じて

エゴイスティックになれる人じゃないと

理想の自分にはなれないということです。

 

じゃあ、この時と場合ってなんなのかというと、

「どうしてもそれがやりたい」という純粋な欲が生まれたときと

「どうしてもそれは嫌だ」という生理的な嫌悪を抱いたときです。

 

この2つを貫けない人は

残念ながら人に合わせて我慢してしまうので、

理想の自分にはなれません。

 

そして、エゴイスティックになるといっても

人にそれを押し付けすぎるとただのワガママになってしまいます。

 

自分を貫ける人は、

ただ、自分の主張をしているだけなので

その主張に同意するかしないかは

相手に委ねているんですよね。

 

同意してもらえない場合は、

折衷案を出したり、ときと次第によっては

決別したりすることもあるというわけです。

 

もちろん、自分を貫くために

相手を巻き込むというケースもあります。

 

Netflixのドラマ、「全裸監督」で

山田孝之さん演じる村西とおるが

自分の仕事を手伝ってもらうために、

別の仕事をしていた川田研二に対し

「今すぐその仕事を辞めてください」

というシーンがありました。

 

見る人が見れば

「すごいワガママ言ってんな」というシーンですが、

そう言われて決めるのは川田本人であり、

嫌なら断ればいいだけの話しになってくるんですよね。

 

違う観点から見ると、

「じゃあ村西は人に押し付けていることにはならないのか?」

という話しにもなってくるのですが、

自分を貫いて上手くいったり成功したりしている人のほとんどが

人に頼み事やお願いをするとき、相手にとっても

先々にメリットがあることだから言ってるんですよ。

 

そして、そこに負の感情は挟んでいませんし、

断られたら食い下がることはあるだろうけど、

それでもダメなら潔く引きます。

 

なので、

「私はさみしがりやなんだから、もっと連絡してよ!

付き合ってるんだから、そうするのは当然でしょ!」

といった感じで、相手にとってメリットがないことを

感情に任せてゴリ押ししているわけではないんですよね。

 

理想の自分の定義ってこういうこと。

あと、理想の自分の定義を履き違えている人があまりにも多いです。

 

理想の自分って、

「自分はどういう人間で在りたいか」が大前提なので、

「周りから自分はどう見られたいか」ではありません。

 

なので、自分で考えないといけないんです。

 

たまに、

「どうしたら魅力的な女性になることができますか?」

というご質問を受けることがありますが、これは

「映画監督になりたいけど、どんな映画を撮ったらいいですか?」

という質問とまったく同じです。

 

この人が、

「どうしてもグロさ満点のスプラッターが撮りたい!」

だったら、それはそれで別にかまわないんですよ。

 

一見すると好きそうな人がそれほどいないジャンルでも、

「それが強烈に好き」って人がかならずいるんだから。

 

一番良くないのは、受け入れてくれる人が少なそうだから

ちょっと受けを狙って媚びて中途半端になってしまうことです。

 

これやっちゃうと、個性が死にます。

 

だったら最初から開き直って

万人受けを狙ったほうがまだましです。

 

そのかわりすぐに飽きられるし、

本当に大事なものは

手に入らなかったりするんだけども。

 

突き抜けた個性も

「強烈に好き」だと言ってくれる支持者も、

自分を貫いた先にしか存在しないんですよね。

 

それは、幸せな未来も同じなんです。

 

そして、その先にたどり着くまでのルートに

正解も不正解もないんです。

 

そのプロセスで起こる失敗体験は必要なものなので、

失敗したからといって不正解じゃないんです。

 

だって、どの結果になっても自分の血肉になっていますし、

失敗なしでたどり着くことなんて不可能なのだから。

 

この場合の失敗は、

失敗じゃなくて「経験」なんですよね。

 

不正解があるんだとしたら、

自分で考えず人に流されて決めて後悔したこと。

 

ようは、自分の人生の舵を切るのを

人に任せるなよって話しです。

 

こういう人たちって、

悪い結果になったことを後悔するのですが、

後悔するのはそこじゃない。

 

自分で考えずに

人に流されてしまったことを後悔するべきです。

 

ちなみに、

「傷つくのが嫌だから行動しなかった」というのは、

そこに第三者の視点が入っているので

人に流されていることになります。

 

なぜなら

「自分がどう思うか?」が前提じゃなくて

「相手がどう思うか?」が前提になっていますからね。

 

そうすると、

「嫌われたくない」「否定されたくない」となり

「傷つくのが嫌だから」となってしまうわけです。

 

それから、その人が望む「正解ルート」にするために

最初から正解を選択しようとする人がいますが、

こういう人のほとんどが正解を選んでいるのではなく

「無難な道」を選んでいるだけです。

 

その結果、大した結果にしかならないというのはよくある話しです。

 

だってそりゃあそうでしょう。

 

無難な道選んだら、無難な結果にしかならないんだから。

 

なので、自分が望む正解ルートにしたいんだったら、ときには

「思い切った行動」や「リスクある選択」をしないといけないんですよ。

 

いわゆる「ハイリスクハイリターン」でして、

今までの行動で上手くいったためしが少ないのであれば

「ノーリスクハイリターン」なんて存在しないんです。

 

これまでしていたことと真逆の行動や、

思わず躊躇してしまうような選択が必要になるんですよ。

 

ときには、過去の自分に戻ることも必要になりますね。

 

たとえば、付き合い始めの頃は上手くいっていて

相手からも愛されていたのに、交際が進んでから

「なんか思ってた感じと違った」と言われる女性がいますが、

この原因の多くが、最初はなにも考えずに自分の素を出していたのに、

彼氏のことが好きになってしまった途端に

素を出せなくなってしまったことが原因なんですね。

 

ほかにも、若いときは色んなことが上手くいってたけど、

年齢を重ねるにつれて上手くいかなくなってきたというケースも。

 

この両方に共通するのって、

「昔の自分に戻ること」なんですよ。

 

恥ずかしい?

 

もうそんな年齢じゃない?

 

関係あるかそんなもん。

「戻せない」っていうのはただの思いこみや。

 

だって、一度経験してることなんだから、

戻せないはずがないですからね。

 

こうやって、ときには上手くいってたときの自分に回帰することも

正解ルートを作る上で必要になってくるのですが、

こうやっていろんな選択をしないと正解は作れないんですよ。

 

もちろん、思う結果にならなくて

失敗することもたくさんあります。

 

しかし、前述したように、

失敗なしで望む結果を得ることなんて不可能なんですよ。

 

幸せになっている人も、

成功をおさめている人も、

そうなるまでにめちゃめちゃ色んな失敗をしてるんです。

 

僕自身も大概色んなことをやらかしてますからね。

 

恥もかいたし、大コケもしたし、黒歴史なんて挙げればキリがありません。

 

余裕でしくじり先生に出られます。

 

でもそうやって、

トライアンドエラーをたくさん繰り返しつつ

「あ、こっちの道通ったほうがええやん」

「あ、こっちは行ったらヤベえやつだ」という

「勝ちパターン」を確立していったからこそ、

僕は自分が望むものを手に入れたと思っていますし、

それは幸せになっている人も成功している人もみんな同じです。

 

個性を貫けるようになるにも、

理想の自分になるにも、

幸せになるにも、そこには様々なプロセスが存在します。

 

そして、そのプロセスには良いこともあれば

しんどいこと、つらいこと、面倒くさいこと、

泥臭いこと、腹たつこと、悲しいことなど、

それはもう色んな出来事があるんですよ。

 

ときには、ズタボロになりすぎて

自暴自棄になることだってあるでしょう。

 

でも、かならず乗り越えてください。

 

どんなにつらいことや悲しいことであっても、

乗り越えたときに「これは必要な経験だった」と思えるようになります。

 

そして乗り越えた先に得られる恩恵は

あなたにとってすばらしいものになるはずだから。

 

それでは恒例の思い出フォトグラフを公開します。

今回もたくさんの方々にご来場いただきました。

 

本当にありがとうございます!

 

神保町楽屋さん、いつも快適に使わせていただきありがとうございます。

 

今後とも何卒よろしくお願いいたします。

 

さて、次回のラブズカフェですが、

まだスケジュールは決まっておりません。

 

そろそろラブズカフェ3rdを作りたいなと思っているので、

完成次第、スケジュールを決めていこうと考えております。

 

参加をご検討いただいている方は、

楽しみにしていてくださいね。

 

それではまたお会いしましょう!

 

 

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