【劣等感が強いのは】物理的に劣等感をなくす2つの方法。【あなたのせいじゃない】
目次
人が生きづらさを抱えてしまう2つの理由。
この日本は先進国でありながら、自己肯定感が低い人が多く集まっている国であるというデータがあります。
自己肯定感が低いと、自分に自信が持てなくなります。
自信が持てなくなると、いつも誰かと自分を比べるようになり、ときには落ち込み、ときには嫉妬するようになってしまう。
実は、人間が生きづらさを抱えてしまう理由って、大きく分類すると「劣等感」と「嫉妬心」の2つになるんですよね。
なので、劣等感と嫉妬心を手放すことができたら、生きづらさから開放されるというわけです。
厳密には、劣等感がなくなれば嫉妬心もなくなります。
なぜかと言うと、自分は劣っている存在だと思っているから、ないものねだりして誰かのことを羨んだり妬んだりするからです。
しかし残念ながら、多くの人が盛大に勘違いしていることがあるんですよ。
それは、劣等感と嫉妬心が根深くある状態で、生きづらさから開放されて、幸せになるのは不可能だということ。
つまり、どんなに大金を持っても、どんなに仕事で成功を収めても、どんなに好きな人と結ばれても、劣等感と嫉妬心が残っていては、幸せになることはできないというわけです。
たとえば、高年収で将来を約束された立場にいたり、念願叶ってようやく結婚したりした人が、全然幸せそうに見えないことってよくあるじゃないですか。
これって、常に自分と誰かを比較してるから、劣等感が刺激されて、ないものねだりに拍車がかかってるんですよね。
人には環境適応能力があるので、どれだけ望んだ幸せを手に入れたとしても、いずれはその幸福や喜びに慣れてしまいます。
するとこの場合、劣等感が強い人になるほど、ないものばかりに目を向けてしまうので、幸せが足りないと感じるようになるというわけです。
周りから見て全部を手に入れたように見える人でも、劣等感の強さのせいで、生きづらさから全然抜けきれていないケースは非常によくあります。
人と自分を比べるなとか言われても、そもそもが無理ゲーである。
「人と自分を比べるのはやめましょう」とずっと前から言われてるけど、
それができたら苦労しねえんだよ!
じゃあその方法を教えてくれや!
と思っている人はものすごく多いのではないでしょうか。
もちろん中には、人ととの比較を止める方法を具体的に説明してくれている人もいるのですが、客観的に見ていて「そこじゃないんだよな」と思うことがよくあります。
なぜかと言うと、人と自分を比べるのを止めるには、考え方次第でどうにかなる問題ではないからです。
そもそもですが、人と自分を比べるのを止めるとかめちゃめちゃ難易度が高いことであり、たとえ劣等感がなくなったとしても、長年続いた比較癖はそう簡単に止めることができません。
ただ、劣等感がある前となくなった後で違うのは、人と自分を比べても、変に落ち込んだり嫉妬したりすることがなくなることです。
なので、自分よりすごい人を見ても
と素直にリスペクトできるし、自分にできないことをしている人を見ても、
で終わりです。
そういった理由から、人と自分を比べることを止めようとするのではなく、先に劣等感をなくしたり、軽減させたりする方が先なんですよね。
劣等感をできるだけなくす上で分かってもらいたいこと。
劣等感をなくすために大前提として分かっていただきたいことがあります。
それが何かと言うと、劣等感は環境設定ですべて決まると言っても過言ではありません。
合わない環境に身を置いたり合わない人と付き合ったりすると、劣等感は肥大します。
つまり、劣等感が強いのはあなたのせいではありません。
身を置いた環境や関わってる人によって、劣等感は強くなったり弱くなったりするのです。
アドラー心理学では、「どのような環境であったとしても受け取り方と解釈の仕方で変わる」と言われてますが、人間は本来それほど強い生き物ではありません。
ものすごく劣悪な環境下であっても自分を見失わずにプラスに考えることができるのは、元々の性質によるところも大きいと僕は思っていて、とくに不安型の遺伝子を7割も持つと言われている日本人にとっては、受け取り方と解釈を変えるのはすごく難しいことだと思います。
もちろん、環境に左右されずに自分を保てる人はそれで良いと思うのですが、劣等感からの開放は、どうしても考え方だけではなんとかできない部分があると思います。
そういった理由から、環境設定がすべてだとお話いたしました。
環境設定によって劣等感の強弱が決まるというお話をさせていただく前に、「向き不向き」と「合う合わない」について、説明させていただきます。
下記コラムでお話したように、向き不向きとは「適性の有無」のことであり、合う合わないは「個人の感情」になります。
要するに、営業の仕事に適正があるけれど、その仕事をやりたくないなら向いているけど合わない仕事になり、適正がないけどやりたいのなら、向いてないけど合う仕事ということになります。
とある国際的な労働市場調査をした結果、日本人は世界で有数の仕事を楽しみにしていない種族だと判明したのですが、これが意味するのは、それだけ多くの人が合わない仕事に身を置いているということです。
ということになるのですが、ここでネックになるのが「環境」なんです。
せっかく向いていて合う仕事に就いたのに、環境設定によって向いてなくて合わない仕事になることって沢山あるんですよ。
しかも劣等感まで植え付けられてしまうものだから、それぐらい環境設定って大事なんですよね。
環境と人のせいで劣等感が肥大化した女性の話。
これは、僕が水商売をやっていたときの話ですが、とあるホステスの女の子で、ずっと夜の世界に憧れていたという女性がいたんですよ。
僕が知り合ったときは、あるクラブで働き初めて2週間経ったぐらいの頃で、仕事に対するやる気と情熱を嬉しそうに話していました。
この子は僕指名だったのですが、店に来るごとに元気がなくなっていき、顔つきも疲れているように見えました。
あれだけ嬉しそうに話していた仕事のこともまったく話さないようになり、話したくないこともあるだろうから、僕もあえてそこには振れなかったんですね。
それから3ヶ月経ったある日、明らかに顔色が悪い状態で彼女が店にやってきたんですよ。
僕は「なんかあったみたいやな。話聞こか?」と言ったら、彼女は言いづらそうにしながら、「実は…」と切り出したあと、次のことを話してくれました。
それは、お店のママからパワハラと嫌がらせを受けているということだったんです。
ちょっとでもミスをしたらこの子の場合は怒るくせに、ほかの女の子には笑って済ませる。
「こういう女って嫌よねえ」という感じで、明らかに自分の悪口のようなことを席で言われる。
さらに、よく分からない理由で給料が天引きされている。
しかも、店の女の子も黒服も全員ママの味方だから、誰も助けてくれない。
あるとき、珍しくママが機嫌よく接近してきたと思ったら、常連の太客と枕してきなさいという内容だった。
とまあ、このお店に勤めだしてから起こった出来事をせきが切れたかのように彼女は話してくれたのですが、ほかにもあり得ないと思うような内容が結構ありました。
なぜこの子が今まで黙っていたのかと言うと、自分が仕事ができないのを棚に上げて愚痴を言うみたいになるのが嫌だったからだそうです。
実はこれ、環境設定によって劣等感を植え付けられてしまった人のあるあるであり、自分のせいじゃないことまで自責の念を抱えるようになるんですね。
店のトップがこの体たらくなんだから、上の人間が変わらないと組織が変わることって難しいじゃないですか。
それからも彼女は、溜まりに溜まったものを吐き出すかのように、店で起こったあり得ない出来事を話していたのですが、最後に「もう辞めたい」とポツリと言ったんです。
なので僕は、「辞めてええと思うで。もっとええ店なんかほかに山ほどあると思うわ」と言いました。
この子は何度も、「もう辞めてええやんな?そやんな?」と後押しを求めてくるので、その度に「辞めてええ」と返してたんですね。
そして彼女は退店を決意したのですが、辞めるとママに伝えたあとも一悶着あったもの、なんとか無事に退店することができたそうです。
それから程なくして彼女は別のお店で働き出したのですが、どうなったと思いますか?
入店してから半年経たずしてNo.1を獲得。
しかも新しいお店のママは、入店当初からめちゃめちゃ可愛がってくれたそうです。
それはもう、実の娘かというぐらいに。
前の店に勤めていたときとは比べ物にならないぐらいこの女性は生き生きしていて、その輝きは僕が初めて彼女と出会ったとき以上でした。
いかがでしょうか?
その人が輝けるかどうかは、環境設定によって大きく変わると言っても過言ではありません。
今お話した女性の例以外でも、上記コラム内でお話した車夫のアツシさんも環境を変えたことによって花が開いた人物の1人になりますから、それぐらい関わる場所と人って大切なんですよね。
劣等感をなくすにはどうしたいいか?
ここからが本題ですが、前述したように劣等感をなくすには、考え方次第でどうにかなる問題ではありません。
つまり、物理的にもどうにかしないことには、いつまで経っても劣等感がなくならないということなんです。
物理的にどうにかするとはどういうことなのか?
具体的に説明させていただきます。
1・劣等感を植え付けてきた環境や人から離れる
僕はいろんな媒体で、「エネルギーバンパイアからは離れろ」と言っていますが、この基準がいまいちよく分からないという方も多いようです。
というか、分からないのではなくて、認めたくない人の方が多いのだと思います。
たとえば、セフレ関係や不倫関係に陥ってしまい、以前よりも落ち込んだり笑えなくなったりすることが多くなった。
これ、ほぼ確実に関わっている男性のせいなんですよ。
つまり、その人こそがエネルギーバンパイアなのですが、当事者である女性はその事実を認めたくないし、認めていても気持ちがついていかないから離れられないんですよね。
ほかにも、すごく良くしてもらっているし世話にもなっているけれど、一緒にいてストレスを感じることが多い相手がいるとします。
この場合、気づかずにモラハラ被害を受けていたり、自己中心的な相手の態度に振り回されたりしているのですが、良いところがある分、エネルギーを奪われていることに目を向けられないんですね。
良くしてもらっている部分もあるから、
とストッパーをかけているということです。
では、劣等感が強くなるとどのような状態になるのか?
次にまとめてみました。
-
- 人と自分を比べることが多くなった
-
- みじめな気持ちになることが多い
-
- 自己卑下することが多い
-
- 誰かに嫉妬することが増えた
-
- 卑屈になることが多い
-
- 「自分が悪い」と思うことが増えた
-
- 前までなかった罪悪感がある
-
- 以前より落ち込むことが増えた
-
- 笑うことが少なくなった気がする
-
- 自分で性格が悪いと思うことが増えた
-
- 今の自分が好きじゃない
劣等感が強くなればなるほど、これらの項目に該当するようになります。
とくに、以前はそこまで劣等感が強くなかったのに、環境や付き合う人が変わったことによって肥大化してしまったのであれば、間違いなく環境か人かのどちらかに原因があると思った方がいいでしょう。
環境設定によって根付いた劣等感を払拭するには、その場所や人から離れることが最優先です。
劣等感を植え付けた環境や人と関わり続けたまま、なんとか認めてもらとうと頑張り続けると、心がどんどん死ぬだけです。
前述したパワハラ被害に遭っていた女性が、そのお店でずっと働き続けていたらどうなるかを想像していただければ分かりやすいかと思います。
2・自分を受け入れてくれる人だけを厳選して付き合う
プライベートって、基本的には自由な時間じゃないですか。
付き合う人はこっちで選べるし、付き合いたくない人だったら無理して会う必要はありません。
ちなみに、基本的にと言ったのは、子育てや家のことで動かないといけない場面があるので、そういった場合は自由が制限されるからです。
この自由な時間であるプライベートな一時を、自分を受け入れてくれない人のために使っている人がいます。
実はこれ、自ら劣等感を肥大化させに行ってるようなものなんですよね。
何しても振り向いてくれない曖昧な関係でいる男性。
一緒にいて疲れるし主従関係のようになっている友達。
顔を合わせたら喧嘩になる同居中の親、などなど。
あなたのことを受け入れてくれない人たちが、なぜ受け入れてくれないか分かりますか?
それはあなたが、彼ら彼女らにとって100%都合のいい人間ではないからです。
つまり、その人たちの望む人間にならないことには、永遠に受け入れてもらえることはないと思った方がいいでしょう。
ここで、
と思った人は劣等感が強すぎるので、受け入れてもらえない自分じゃなくて、劣等感が強い自分のことをヤバいと思った方がいいです。
逆に、プライベートでは自分のことを受け入れてくれる人たちにだけ使っている人は、どのような状態なのか?
それが次のようになります。
-
- 自分の居場所がある
-
- 人と比べることがない
-
- やりたいことを応援してくれる人がいる
-
- やる気を出させてくれる人がいる
-
- 安心感に包まれている
-
- 自分が自分のままでいられる
-
- 一緒にいてもストレスがない
-
- 穏やかな気持ちで過ごせる
-
- 面白さや楽しさが沢山ある etc…
つまり、自分のことを受け入れてくれる人にだけ時間を使えば使うほど、劣等感について考える暇がなくなるんですよ。
そして、次にお話することは非常によくある事例なのですが、付き合った彼氏がいつもべた褒めしてくれるものだから、気づいたら自己肯定感が爆上がりしていたというもの。
元々自己肯定感が低かった女性が、付き合った男性の存在によって自信を持つことができたというケースは、枚挙にいとまがないんですよね。
そういった理由から、プライベートでは自分のことを受け入れてくれる人とだけ付き合うようにした方がいいのです。
でも、ほめてくれる人ばかりだと、私の至らないところやダメなところがあっても、教えてくれないんじゃないの?
厳しいことを言ってくれる人もいた方がいいのでは?
このように思った方もきっといらっしゃるかと思います。
結論から申しますと、厳しいことを言ってくれる人はいらないです。
なぜかと言うと、厳しいことを言ってくれる人がいた方がいいと思って、そういう人間を近くに置いたせいで、モラハラ被害に遭ってしまったという人があまりにも多いからです。
つまり、厳しいことを言ってくれる人じゃなくて、ただのモラハラに頼ってしまったというわけですね。
ちなみに、下記に該当する発言は厳しいことではなく、モラハラ発言です。
-
- 「お前のためを思って言っている」
-
- 「君のためを思って言ってるのが分からないのか」
-
- 「みんなお前より頑張っている」
-
- 「だからお前はダメなんだ」
-
- 「君は良いと思ってるかもしれないけど全然できてない」
-
- 「なんで俺の言うとおりにやらないんだ」
-
- 「お前は俺の言うことさえ聞いていればいい」
【参考動画】
厳密には、厳しいことを言ってくれる人とモラハラの区別がつかないのなら、わざわざ厳しいことを言ってくれる人を必要としない方がいいです。
間違ってモラハラをする人間に頼ったら、余計に劣等感が強くなるだけなので。
もし、自分の至らないところやダメなところが心配なら、あなたのことを受け入れてくれる人に対し、次のように聞いてみるといいのではないでしょうか。
ねえ、いつも私のことほめてくれるけど、直した方がいいところとかない?
私としては、○○な部分とか××な部分が良くないかな?と思ってるんだけど。
このように聞いてみると、改善点がない場合は「そのままでいいと思うよ」というように返してくれるはずです。
思うところがあるなら、「僕はあまり気にならないけど、気になるならもう少し○○してもいいかもね」という感じで返してくれるのではないでしょうか。
ポイントとしては、自分が気になっている点を口に出して聞いてみることです。
なぜかと言うと、「直した方がいいところってない?」とだけ聞くと、漠然としすぎてほとんどの場合が「ない」と返ってくるからです。
もしその自覚がなく、気になっている点が見つからない場合は、「もっといい人間になりたいから、足りないところがあったら教えてほしい」と言ってみるといいのではないでしょうか。
あなたのことを受け入れてくれていて、自分より上の立場にいる人物だと、より的確なことを教えてくれるかもしれませんね。
なので、わざわざ厳しいことを言ってくれる人を側に置かなくても、あなたのことを受け入れてくれる人に頼って聞いてみた方が健全だし建設的なんです。
言い方をちゃんと考えてくれるし、傷つけるようなことも言わないし、自分のやり方も押し付けてこない。
多くの人が思っている厳しいことを言ってくれる人って、これらの真逆であることを忘れないでください。
以上になりますが、劣等感がなくなればなくなるほど生きづらさから開放されて、生きていくのが楽になります。
劣等感の克服は、考え方次第でどうにかなるものではないとお話しましたが、だからと言って、考え方がどうでもいいわけではありません。
物理的な面と思考法の面の両方からアプローチすることによって、劣等感が克服しやすくなるというわけです。
劣等感から開放されたら、いろんなしがらみや葛藤から一気に開放されるので、ものすごく身軽になります。
自分自身を取り繕う必要もなくなるし、何かに嫉妬しなくなるし、ないものねだりもなくなります。
今現在、劣等感の強さで苦しんでいる方がいらっしゃるのであれば、それはあなたが原因で根付いたものではありません。
すべては環境設定によって根付いてしまったものであることを、どうか忘れないでください。
劣等感克服のための思考法は、下記動画にて解説しておりますので、ぜひ参考にしていただけると幸いです。
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