【変わりたいのに】本当に自分を変えたい人が、やってはいけないこと7選!【変われない】
withonlineで101回目のコラムがアップされました。
今回のテーマは、「人生や恋愛が上手くいかない人が避けて通る痛み」についてです。
コラムの中でも書き記しましたが、年々世に出てくる情報の質が向上されています。
とくに、人生や恋愛を上手くいかせるための秘訣に関しては、You TubeやTwitterを見ていたら、ほとんどの情報が今や無料で手に入れることが可能です。
中には、ゴミ以下の間違った情報を垂れ流している人も存在しますが、その界隈で有名なインフルエンサーたちが、きっちりと「間違ってるから信じるな」と発信しているので、良い世の中になってきたもんだと思います。
その反面、僕自身ももっと情報の質を上げていかないといけないので、今年はインプットが欠かせない一年になりそうです。
今回のコラムでも触れた通り、これから集団向けの情報がどんどん廃れていくと感じています。
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- 恋愛セミナー
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- 婚活支援セミナー
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- 起業セミナー
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- ビジネスセミナー
などなど。
わざわざ高いお金を払ってセミナーに行かなくても、これまで有料とされていた情報が、今やただで手に入るんですよ。
手に入れられないのは、探し方が間違っていたり探しきれてなかったりするだけか、自分にとって都合のいい情報しか見てないだけです。
手前味噌で恐縮ですが、僕が開業した2014年は、今のようにネットで出ている情報が良質ではなかったんですよ。
さわりの部分だけさらっと伝えて、後はセミナーか情報商材に誘導する、そんな業者がほとんどでした。
実はこの仕事にたどり着く前、個人で起業する上で必要な情報を手当り次第調べまくってたんです。
その情報を仕入れるためにかかったお金は何冊かの書籍代だけで、それ以外の情報はすべてネット検索で仕入れました。
だから起業セミナーにも行ってないし、情報商材も買ってないので、情報にほとんどお金をかけてないんですよね。
2014年でできたことですから、今はもっと簡単に欲しい情報が仕入れられるのではないでしょうか。
ただ、集団に向けた情報の中にも、一見すると良質そうに見えて、実は「やっちゃいけないもの」がいくつか存在するんですよ。
具体的に言うと、そういった情報は人を選んだり、やり続けても効果を実感できなかったりすることが、よくあるんですね。
今回のブログは、「自分を変えるためにやってはいけないこと」を詳しく解説させていただきます。
新年を迎えて、「今年こそは自分を変えるぞ!」と意気込んでいる人、必見です。
目次
自分を変えるために見過ごしてはいけないこと。
まず、自分を変えたいと願う人が見過ごしているものがいくつかあります。
それがこちら。
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- 1・そもそも幸せは主観である
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- 2・自我は必要である
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- 3・変わるのは自分じゃなくて生き方である
一つずつ解説させていただきましょうか。
1・そもそも幸せは主観である
自分を変えることができれば、幸せになれます。
しかしその一方で、かなりの努力をしてきたのにもかかわらず、ちっとも幸せそうじゃない人もいます。
なぜこのような現象が起きるのかというと、幸せの基準が「他者基準」になっているからなんですよ。
つまり、「人から見てどう映るのか?」「世間的に見てどうなのか?」が、幸せの基準になっているというわけです。
断言しますが、
幸せって主観です。
今まで幸福度をあまり感じられない人生を歩んできた人からすると、幸せになったら、何もしなくても毎日がハッピーなんだと錯覚していることが、あまりにもよくあります。
でも、そうじゃないんですよ。
多幸感って、小さな幸せの寄せ集めなんです。
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- このご飯、めっちゃ美味しい!
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- 今日も推しが尊いなあ。
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- 面白いドラマが見つかってしばらく楽しめるぞ!
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- ずっと発売を待っていたゲームでようやく遊べる!
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- やっぱこの場所に来たら落ち着くわ~。
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- この新しい入浴剤、なんか癒やされるなあ。
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- この芸人さん、超面白いんだけど!
などなど。
こういったポジティブな感情を抱ける対象が沢山ある人ほど、幸福度が高いんですよ。
単純に、美味しいもの食べたり癒やされる場所に行ったりしたら、「幸せ~!」ってなるじゃないですか。
もちろん、この幸せを感じる対象って、人それぞれ違いますよね。
だから、幸せは主観であり、むしろ主観じゃないといけないんです。
誰かがどう思うかじゃなくて、自分が幸せと感じたら、それが幸せなんです。
2・自我は必要である
勘違いしている人が多いですが、自分らしく生きれるようになるほど、自我が強くなります。
言うまでもなく、「自分らしく生きる=幸せになる」ということなのですが、自我を封印して幸福度を高くすることは不可能です。
自我が強くなってくると、自分の意思がはっきりしてきます。
「自分はこうしたい」「自分はそう思えない」「これが好き」「あれは嫌い」というように、「まず自分がどう思うのか?」を最優先に考えるんですね。
あと、自分らしく生きれるようになり、幸せを感じることが多くなった人が、皮肉をこめられてこんな風に言われることがあるんですよ。
と。
もちろんこの言葉は、皮肉を言われた側の人が悪い方に変わってしまったケースもあるのですが、良い方向に変わった場合でも言われることがあります。
なぜこのように言われるのかというと、皮肉を言われた人の自我が芽生えたことにより、相手の思い通りにならなくなったから都合が悪いんですよ。
だって、自我が強くなると、同調圧力に屈することもなくなるし、周りに流されることもなくなりますからね。
自我が強い人のことを「わがまま」「自己中」と捉える人が結構多いですが、どこからどこまでがこの2つに該当するのかは、自分が決めることじゃなくて、相手が決めることです。
なぜなら、自分はそういうつもりじゃなくても、相手が「わがまま」「自己中」と感じる場合もあるし、その逆も然りなんですよね。
つまり、相手の思い方や感じ方を変えることはできないし、それは自分にも言えることなんです。
一つ言えることとしては、理想の自分になるために、ときにはエゴイスティックになれない人は幸せになれないということ。
そのためには、自我を出すことが必要であり、避けて通れないわけです。
とはいえ、「わがまま」「自己中」になることを極力避けたいという人の方が多いですから、そうならないためには、次の2つを基準にするといいのではないでしょうか。
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- 1・自分で自分の機嫌が取れないのを、相手に取ってもらおうとしない
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- 2・自分の快楽を優先して、人を傷つけたり貶めようとしたりしない
「1」は、自分の満たされなさを誰かに依存して埋めてもらおうとしないことです。
そして「2」は、周りがどうなっても、自分さえ良ければそれでいいという考え方をしないことですね。
3・変わるのは自分じゃなくて生き方である
自分を変えたいのであれば、生き方自体を変える必要があります。
逆に、生き方を変えることができないと、自分を変えることはできません。
たとえば、太っていることを気にしている人が、一念発起してダイエットを決意したとします。
この人は頑張った結果、数カ月後に理想のプロポーションを手に入れることができました。
しかし、そんな自分にあぐらをかき、元の生活に戻ってしまいリバウンド。
まあよくある話しですよね。
この状態は、「一時的に変わった」というだけの話で、この人が変わったうちには入らないんですよ。
もちろん、理想のプロポーションを手にするのって、誰しもができるわけではありません。
ですが、痩せてからの体型を維持している人は、運動を怠らないし、食生活もちゃんと気にしているんですね。
なぜなら、これまでの生き方に「運動習慣」と「食生活の改善」を取り入れて、それらを継続しているからです。
どうせ変わるなら、一時的な成功で満足せずに、生き方自体を変えて変わった自分を維持している方が、圧倒的に幸福度は変わります。
自分を変えるためにやってはいけないこと。
さて、ここからが本題。
続いては、自分を変えるためにやってはいけないことを、いくつか解説させていただきます。
1・アファメーション
アファメーションとは、自分に暗示をかけて鼓舞する方法です。
「自分ならやれる!」「ツイてるツイてる!」「私は最高だ!」というように、鏡の前の自分に投げかけたり、口に出してつぶやいたりしながら、暗示をかけるのがアファメーションなんです。
しかし、自己啓発本などで幅広く知られているこの方法。
自己肯定感が低くネガティブな状態でいることが多い人は、「絶対に」やってはいけません。
なぜなら、いくら肯定的な言葉を発したところで、そもそも根拠がないことをいくら唱えても、自分でそう思い切ることができないからです。
たとえば、トップアスリートを目指している人がいたとして、この人は何の練習も行ってないんですよ。
その状態で、「俺ならイケる!」「きっとやれる!」といくらアファメーションしたところで、大会にすら出ることができないし、もし出れたところで、結果は惨敗じゃないですか。
しかも、自己肯定感が低くネガティブな状態でいることが多い人がするアファメーションは、大変危険です。
なぜなら、暗示をかければかけるほど、実際の自分と理想の自分がかけ離れていってしまい、自分自身が分からなくなるからです。
だって、思ってもないことを唱え続けるわけだから、自分自身が乖離するのは当たり前なんですよね。
実はこの状態を続けていくと、メンタルがどんどん疲弊していき、場合によってはうつ病を患うこともあります。
僕のカウンセリングには、「どうしても自分を変えたいけど、変えることができなかった」という方からのお申し込みが結構あります。
彼女たちの話を聞いていると、「アファメーションをしてみたけど全然ダメだった」というケースがかなり多いんですよ。
中には、「頑張って続けてみたけど、どんどんメンタルがやられてきて、危ないと思ってやめました」という方もいらっしゃいました。
アファメーションは基本的に、「少しでも根拠がある状態」じゃないと、やってはいけないんです。
つまり、こういうことです。
すでに成功した実績がある物事に対しての暗示
確信は持てないが「もしかしたらイケるかも」という根拠がない自信がある
過去の経験上、「頑張ればなんとかなるかも」という努力の裏付けがある
薄々自分でも「実は○○なんじゃないか」と思っていること
このように、「過去の成功実績がある」「根拠がない自信がある」「努力の裏付けがある」「なんとなくそう思うことがある」というどれかに当てはまらないと、アファメーションはやらない方がいいです。
というか、これらに該当しないのであれば、自分自身が乖離するだけなので、やってはいけません。
アファメーションって、誰にでも通用する方法じゃないんですよね。
アファメーションをするなら、唱えたい言葉でそう思えるだけの根拠があるときだけ!
2・無理やりポジティブになる
アファメーションの行き過ぎたケースがこちら。
無理やりポジティブに振る舞うというケースです。
これもやり続けると、メンタルがやられます。
無理やりポジティブに振る舞うのって、自分を偽る時間がアファメーションよりも長いんですよ。
ということは、メンタルのやられ具合がアファメーションをするよりも早いんですよね。
しかも危険なことに、無理やりポジティブに振る舞おうとする人ほど、自分の性質や習慣にないことを実践しようとします。
たとえば、こういうことです。
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- 細かいことは気にしないようにする
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- 怒りやイライラを抑えて笑おうとする
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- 傷ついて悲しいのに強がる
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- 元々のテンションが低いのに高く振る舞おうとする
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- すべての物事に感謝しようとする
などなど。
このように、自分の性質や習慣にないことを、自分を変えるためにやってしまった経験がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
まず、細かいことが気になるのって、その人の性質なんですよ。
つまり、その細かいことを追求して解明しないと気がすまないんです。
しかし、周りの人が「いいじゃんそれぐらい」「考えすぎだよ」なんて言うもんだから、「細かいことを気にする自分がダメなんだ」と思ってしまうんですね。
たしかに、考えても仕方がないことや、自分ではコントロールできないことまで気にしすぎてしまうのは考えものです。
ですが、細かいことが気になる人は、考えないといけないことや、自分でコントロールできることを思慮深く考えることができるので、これはれっきとした強みであり、使い方によっては絶大な効力を発揮することができるんですよね。
次に、「怒りやイライラを抑えて笑おうとする」「悲しいのに強がる」というもの。
とくに自尊心が傷つけられたときに、笑ったり強がったりしていると、周りからはこう思われます。
あの人、何されてもヘラヘラしてるし、
変なところで強がるから
得体が知れなくて怖い。
「そんなに無理しなくてもいいのにな」というように、無理やりポジティブに振る舞っている人の気持ちを察してくれる人間なんて、ほとんどいないんですよ。
それに、「腹が立つ」「悲しい」という気持ちが一瞬でも出てきたということは、「すでに自分がそう思って感じている」ということじゃないですか。
感情を抑圧して無理すればするほど、メンタルがやられるのは当たり前なんですよね。
「元々のテンションが低いのに高く振る舞おうとする人」もそうです。
これ、僕も昔やっちゃってました。
エネルギッシュな人間に憧れて、無理やりテンションが高い人間を演じようとするものだから、オフになったときの疲れが半端じゃないんですよね。
「すべての物事に感謝しようとする人」については、以前ブログで公開したので、割愛させていただきます。
【感謝できないって】感謝とお祝いって強制されてするもんちゃうんやで論【ダメなこと?】
以上のように、無理やりポジティブな人間になろうとすると、後から必ず「反動」がやってくるんですよ。
それに、ポジティブな人間になりたいのなら、まずは自分の精神状態をフラットに戻さないといけないので、心を安定させるためにネガティブな物事から極力離れる生活を心がけることが先決です。
本当に自分のことを変えたいなら、無理やりポジティブに振る舞おうとしないこと!
自分の性質をしっかりと理解し、自分の感情を否定しないようにしましょう。
3・耳が痛い意見ばかり取り入れすぎる
カウンセリングをしていると、「どんな厳しい言葉でも受け入れるので、ガツンと言ってください!」というように言われることが、たまにあります。
でも、そう言う人たちに限って、ガツンと言えるようなことがあまりないんですよね。
もし、厳しい言葉を言わないといけないときでも、正論ばかりをぶつけるようなことはしないです。
なぜそうしているのかと言うと、正論をぶつけることは、相手の精神状態によっては時として言葉の刃になってしまうからです。
実際、僕も正論をズバズバ言う時期があったのですが、あまりにも相手の気持ちを考えていないなと思い直し、やめました。
もちろん、「それでも正論でバシッと言ってほしい」という人もいるかもしれません。
しかし、そういう人はすでに現実を見据えていて、厳しい言葉を受け入れる準備ができているからこそ、そう言えるのではないでしょうか。
そういった人の中には、耳が痛い意見ばかり取り入れすぎていることもよくあって、すでにいっぱいいっぱいになっているのに、「もっと頑張らないといけない」という強迫観念に迫られていることが結構あります。
どうしてそのような状態になっているのかというと、彼ら彼女らの周りのメンター的存在の意見を鵜呑みにして、取り入れすぎているからなんです。
そのメンター的存在は、たとえば会社の上司だったり、専門的なことを教える講師だったり様々ですが、身近な存在だと、親がその役割を果たしていることがよくあります。
耳が痛い意見ばかり取り入れすぎる人が、なぜいっぱいいっぱいになるのかというと、こういうことなんです。
メンター的存在がモラハラなんですよ。
実際、カウンセリングに申し込まれた方でこのケースに該当するご相談が結構あって、彼女たちのお話を聞いていると、「そんな酷いことをしょっちゅう言われてるのか」といつも驚いています。
下記記事でもお話しましたが、モラハラをする人間って、「自分の言ってることは絶対的に正しい」と思い込んでるんです。
【身近に存在する恐怖!ネオモラハラ男の特徴11選】
たしかに、そのメンター的存在の人が言っていることは、正しいんですよ。
ただ、相手の気持ちを一切考えずに、言いたいことをバシバシ言いすぎているんです。
よく、「男性は逃げ道をなくしちゃいけない」なんて言われていますが、これって男性に限った話ではありません。
人は、追い詰められすぎたら逃げたくなるんですよ。
前述したいっぱいいっぱいになっている人たちは、本当は逃げたいのにモラハラメンターが逃してくれないから、「頑張らないとまた何か言われてしまう」という強迫観念が根付いてしまったわけです。
あのとき、
あの人がキツいことを言ってくれたおかげで、
自分は変わることができた。
だからすごくあの人には感謝している。
というような話がありますが、実はこのケースのほとんどが、短期間での出来事になります。
長期間に渡って正論でキツいことばかり言われてきたら、このようになります。
言ってくれたことはありがたいかもしれないけど、
言い方キツ過ぎてあの人と一緒にいるのもう無理!限界!
つまり、いずれは感謝の気持ちよりも、言われたことの酷さの方が勝ってしまうんですよ。
人が成長する上で、耳が痛いことを言ってくれる人間の存在は重要です。
しかし、それは言う相手が言い方を考えてくれたり、厳しいことを言った後にフォローしてくれたりするから、成立する話だと思うんですよね。
基本的に、人はほめないと伸びません。
そして、なんでも言い方一つで受け取り方はまったく変わります。
「どうしても自分を変えたい!」という気持ちは素晴らしいものですが、成長を急ぐあまり、耳が痛い意見ばかり受け入れすぎると逆効果になることはよくあるので、ご注意を。
メンターを作るなら、ほめて伸ばしてくれる人を選ぼう!
とくに、心が弱っているときに必要なのは、正論ではなく「ケア」です。
4・闇雲に成功体験を積み重ねる
自己啓発本を開くと、必ず出てくるこの言葉。
というもの。
これ、結構真に受けてる人が多いのですが、大前提になる言葉が抜けてるんですよ。
それが何かと言うと、この言葉です。
-
- 自分がやりたいと思うことで、成功体験を積み重ねる
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- 自分がそう在りたいと思うことで、成功体験を積み重ねる
つまり、なんでもかんでも成功体験をを積み重ねたらいいというわけではないんですよね。
たとえば、年収3,000万の超エリートの男性がいたとして、この人は様々な成功体験を積み重ねまくってるんですよ。
でも、全然幸せそうじゃないんです。
なぜ、そうなるのかというと、彼は人の称賛や評価を求めて成功体験を積み重ねたからなんですよ。
世間体や人の評価を気にした成功体験はいくら積み重ねても、自分軸がそこにないから、エンドレスで追い求めることになります。
たしかに、「ほめられたい」「認められたい」という動機は、爆発的な原動力になります。
しかし、この動機でいる間はモチベーションが続かないし、いくら成功体験を積み重ねても承認欲求が満たされないので、どこかのタイミングで切り替えないといけないんですよね。
「ほめられたい」「認められたい」という外発的動機から、「これがやりたい」「自分はこう在りたい」という内発的動機に。
ただ闇雲に成功体験を積み重ねると、遠回りになることがよくあるので、やる前にまずは「それがやりたいのか?」「自分がそう在りたいのか?」を考えましょう。
世間体や人の評価を気にした成功体験は、いくら積み重ねても終わりがありません。
きっかけは外発的動機でもかまいませんが、内発的動機に切り替えれる成功体験を積み重ねましょう!
5・100%自分が原因だと思うこと
親元を離れられない年齢時や、自然災害などの不慮の出来事を差し引いて、目の前に広がっている現実は、すべて過去の自分が選択した結果だというのが、「100%自分原因論」です。
ただ、日本人によくある傾向として、なんでもかんでも「自分のせいだ」と思って、自分に結びつけて考える人が結構多いんですよね。
たしかに、選んだのは自分。
そして、思わしくない結果になってしまい、そこに自分の落ち度や非があるなら、それも自分の責任です。
しかし、それ以外のことは自分の責任ではないんですよね。
僕は文章や動画を通じて、次のようにお話することが去年は結構ありました。
相手が酷いことを言ったりしたりしてくるのは、相手のせいであり、自分のせいではないと。
ただ、相手が未熟だっただけで、それは自分のせいではないと。
この発信に救われた方も多いようで、繰り返し言い続けて良かったなと思うのですが、たとえば、次のようなケースではどう考えればいいでしょうか?
たとえば、会社の上司に
君にこの仕事を任せる。
頼んだぞ!
と言われて引き受けたとします。
しかし残念ながら、上司が望むような結果を出すことができず、
せっかく信用して任せたのに、
君にはがっかりした。
と失望されてしまったんですよ。
ここで、自責の念を抱えやすい人は、全部自分の責任だと思って自分を責めてしまいます。
しかし、自分と相手の責任をきっちり切り分けて考える人は、こう考えるんですよ。
たしかに仕事が上手くいかなかったのは
自分のせいやし責任やから反省せなあかん。
でも、お前が俺にやれって言うたのは、
お前の選択ミスちゃうんか!そうちゃうんか!
何勝手に失望しとるねん!
とまあ実際、会社員勤めをしていたときの僕はそう思っていたのですが、この考え方ができず自責の念を抱えすぎる人は、上司に怒られたことをずっと引きずってるんですよ。
長い場合になると、1週間単位で引きずる人もいたし、中には、怒られたことが原因で会社を辞める人間もいたぐらいです。
ちなみに、この考え方の切り分けは、次のようになっています。
【自分の責任】
【相手の責任】
そういえばYou Tubeを見ていたときに、新R25のチャンネルにゲスト出演されていた西川貴教さんも同じことを言ってました。
と。
ただこの考え方は、経営者やトップにたずさわる人などは、思っていても絶対に口に出してはいけません。
たとえば、巨大飲食チェーン店に勤務している社員が、何か不祥事を起こしたとします。
ここで、代表者が「社員のしたことなので、私には関係ありません」と発言してしまうと、会社のイメージはガタ落ちですよね。
しかし、管理不行き届きやコンプライアンス研修の甘さを認めた上で、「私の責任です」と発言して謝罪すると、一時的な炎上で済むかもしれないわけです。
つまり、責任ある立場になればなるほど、相手のことよりも自分の責任の方を考えないといけないんですよ。
とくに人の上に立つ人間であれば、なおさらです。
ちなみに、西川貴教さんは会社経営もされていますが、おそらく彼は会社で起こる出来事は自分の責任と考え、個人間での出来事は責任の切り分けをしているんじゃないかなと、勝手に推測しています。
なので、責任の切り分けをする上でポイントになるのは、相手が対等の立場であるか、相手の理不尽さや未熟さがあるときだと覚えておいてください。
なんでもかんでも自分のせいだと思わないこと!
相手の理不尽さや未熟さは、自分には関係のないことです。
6・必要なやりたくないことをやらない
もう何年も前から、「やりたいことをやりましょう」「やりたくないことはやらなくていい」と各方面で言われています。
とくに、「やりたくないことはやらなくていい」という言葉が厄介で、なぜかというと、
嫌なことは
全部やらなくていいんだ!
と勘違いしている人が多いからです。
なぜこういう人が増えたのかというと、なまじ発言力がある人間がそう言ってしまい、信者が真に受けてしまったというのが背景の一つとして考えられます。
たとえば、「育児なんて別の人にやらせればいい」とか、「嫌な会社なんて辞めてしまえばいい」とか。
ようするに、発信する側の人間がひどく無責任なことを言うもんだから、「そうなんだ!」と信じてしまう人がいるんですよね。
著書「幸福のための人間のレベル論」でも書きましたが、「やりたくないことはやらなくていい」という言葉の意味は、こういうことです。
つまり、将来の自分にとって必要なやりたくないことは、ちゃんとやらないといけないし、必要じゃないことはやらなくていいというのが、「やりたくないことはやらなくていい」という言葉の意味になるんです。
後は、自分のポリシーや流儀に反することもやらなくていいです。
嫌なことは全部やらなくていいと勘違いしている人の多くが、しんどいことや面倒くさいことをしたくないから、その逃げとして「やりたくないことはやらなくていい」と変換しています。
しかもそういった人たちは、歯を食いしばって耐え忍んだ経験がほとんどないから、耐性がないんですよ。
その耐性のなさで顕著に現れているのが、忍耐と根性です。
これは別に精神論や根性論の話をしているのではなくて、忍耐と根性を培った経験がない人って、打たれ弱いしすぐ逃げます。
彼ら彼女らは、これまでに本当なら逃げてはいけない場面で逃げてきたせいで、完全に逃げ癖がついてしまっていることが、あまりにもよくありますね。
断言しますが、自分にとって必要なやりたくないことをやらないままでいると、何者にもなれないし、ただの自堕落した人間になってしまいます。
自分を本当に変えたいなら、しんどいことも面倒くさいこともしないといけないので、お忘れなく。
まず、未来の自分がどのようになりたいのか想像しましょう。
その自分になるためには、やりたくないことであってもやらなければいけません。
ただし、自分のポリシーや流儀に反するやりたくないことは、やってしまうと自己嫌悪に陥るので、やらないようにしましょう。
【幸福のための人間のレベル論】
7・スピリチュアルに傾倒する
もうこれ、はっきり言ってしまいますが、
スピリチュアルに傾倒しているうちは、自分を変えることはできません。
自分の変え方が分からなくて、スピリチュアルにハマってしまう人が結構多いのですが、そもそも論で言うと、目に見えない世界のことなんですよ。
しかも、情報発信しているスピリチュアル系の業者ですらも、目に見えてないことがほとんどで、「見える」と断言してしまっている人のほとんどは、嘘です。
【注意】スピリチュアル系インチキ業者の見分け方を教えてやんよ。【喚起】
僕自身、スピリチュアルな話は大好きなんですが、生身で生きているのは現実世界の自分なので、「現実8割:スピリチュアル2割」程度にしか考えてないです。
というか、僕にとってスピリチュアル世界の話は、UFOやUMAにまつわる話と同じで、「ほえ~そういうことがあるんだ~」ぐらいの認識です。
なので、「あったらあったで夢があるしいいな」とは思うけど、見えないし見たことがないから、傾倒しすぎることもないんですよね。
本当に自分を変えたい人がやらないといけないのは、引き寄せの法則を学んで実践することじゃなくて、現実を見据えて地に足をついた考え方を手に入れることです。
さらにスピリチュアル世界では、「すべては必然」「失敗は魂の学びのため」なんて言われていますが、そういう風に思い込んでいたら楽なんですよ。
自分の悪いところに向き合わなくて済むから、傷つかないので。
どうしよう、こんなことが起こってしまった・・・。
でもこれって必然なんだよね・・・。
失敗したけど、
これは魂の学びだからしょうがない!
というように。
アホかっちゅう話で、
なんでもかんでもスピリチュアルに結びつけて考えるから、いつまで経っても成長せーへんのやで?ってことです。
実際、自分を変えたいと思う人も、そうでない人も、すでに成功している人も、スピリチュアルに傾倒しすぎている人たちを見て、総じて思うのは「全員幸せそうじゃない」ということ。
だって、しっかりと目を向けて向き合わないといけないところを、スピリチュアルのせいにして逃げているから、幸せそうじゃないのは当たり前なんです。
たとえるなら、新築ですっごくキレイなデザイナーズマンションに住んでいるとします。
でもその部屋の一室には、おどろおどろしい「開かずの間」があるんですよ。
ここで、スピリチュアルに傾倒しすぎる人は、「この部屋は現世での学びのためにあるからしょうがない」と考えて放置し、見てみぬふりをします。
しかし、現実世界を見据えている人は、「おいおいなんやねんこの部屋!こんなもん放置してたら快適に生活できひんわ!」と思って、どんなに面倒くさくても、つらいことがあってもなんとかしようとあがきます。
一体どちらの人間が自分を変えることができて、幸せに暮らせるかというと、一目瞭然じゃないですか。
なので、いくら自分を変えたいからといって、現実世界の自分よりもスピリチュアル世界のことに比重を置くのはやめましょう。
結局スピリチュアル世界のことは、多くの人にとって目に見えないもの。
スピリチュアルに逃げている間は、自分の悪いところに向き合わなくていいから、傷つかなくて済むので楽ですが、そのときの自分は「悪い方向に変わった」だけです。
以上になります。
-
- 1・アファメーション
-
- 2・無理やりポジティブになる
-
- 3・耳が痛い意見ばかり取り入れすぎる
-
- 4・闇雲に成功体験を積み重ねる
-
- 5・100%自分が原因だと思うこと
-
- 6・必要なやりたくないことをやらない
-
- 7・スピリチュアルに傾倒する
僕自身の経験や、カウンセリングや実生活を通じて、「自分を変えたい!」と本気で思っている人が陥りやすいケースをまとめてみました。
この7項目にもう一つ付け加えるとしたら、「焦りすぎること」ですね。
前述したように、「人が変わる=生き方が変わる」ということなんですよ。
ということは、短期間で成果が出るわけじゃないし、むしろ長期的な目線や努力と改善が必要になるわけです。
もちろん、早く自分を変えたいというその気持ちは、痛いほど分かるつもりです。
でも、ここで焦ってはいけません。
というか、焦ってもこればかりは、長い期間をかける必要があるので、どうにもならないことなんです。
とはいえ、自分が成長しているかどうかを確認できる方法は、ちゃんと存在します。
それが何かと言うと、過去の自分を振り返って、「できている自分」に目を向けることです。
昨日の自分より今日の自分、一ヶ月前の自分より今の自分、半年前の自分より今の自分、というように。
その途中にはつらいことや悲しいこともあると思いますが、それが未来の自分にとって必要なことであれば、どうか乗り越えてください。
2021年が、皆さんにとって良い年でありますように。
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