人は成長する上で悪い自分が現れることがある。

withonlineで57回目のコラムがアップされました。

 

今回のテーマも引き続き、「理解と共感」についてです。

 

 

前回アップした記事の中で、本当の理解と共感をするためにはまず自分のために生きることが必要だとお話しましたが、端的に言うと、「余裕がないとしっかり人のことを見れないし優しくできない」んですよ。

 

余裕がある自分を作るためには、まず自分のために生きることを心がけないといけないんですね。

 

もちろん、余裕がない中でも「優しい自分でいよう」と心がけて、その自分を貫いている人もいらっしゃると思いますが、余裕がなさすぎて思うような優しさを発揮できず、「あのときもっと優しくしてあげれば良かった」と後悔する方も多いようです。

 

優しさに限らず、余裕がないと普段できていることを100%発揮できないのは当たり前なんです。

 

なので、精神的余裕は必ずあったほうがいいですね。

 

【参照記事】

 

上記記事の中で、人間力を高める上での成長段階のお話をさせていただきましたが、もう一度記載させていただきます。

 

【第一段階】

世間体や人の評価を気にして生きる

【第二段階】

世間体や人の評価を気にするが、自分のためにも生きる

【第三段階】

自己中心的に生きる

【第四段階】

自分のために生きながら、人のためにも生きる

【第五段階】

人のために生きる

 

実は第一~第三段階で現れやすい症状がありまして、それが次のようになります。

 

    • マウントを取る
    • 見下す
    • 攻撃的になる

 

これらは、人間力を高める上で必要不可欠な「謙虚さ」を取り入れる上で非常に邪魔な症状なんです。

 



 

ただ今回の記事は、「そういう悪い自分を出すのはいけないよ」という話しをしたいのではなくて、「なぜ悪い自分が成長段階で出てくるのか?」「悪い自分を乗り越え謙虚になるにはどうすればいいか?」という内容になります。

 

ちなみに上記項目の中には「(都合の悪いことから)逃げる」も含まれるのですが、これまでブログやコラム等で散々書いてきたので、あえて割愛させていただきます。

 

悪い自分その1・マウントを取ってしまう

これは「第二段階」の生き方をしている人によく見られる症状です。

 

今まで世間体や人の評価を気にしすぎて生きてきた人が、自分のためにも生きれるようになってくると、自分を出す快感を覚えるようになっていきます。

 

今まで自分を出せず抑圧された人生を送ってきた人ほど、その快感は筆舌に尽くしがたいものがあるようですが、最初は上手く自分を出せないのでこういう感じになるんですよ。

 

「これをやりたいけど、ワガママなのかな?どうなんだろう?怖いな・・・」

「言いたいことがあるけど、言ったらどんな風に思われるんだろう?大丈夫かな・・・」

「これはやりたくないから断りたいな。でも断ったらどんな目で見られるんだろう?不安・・・」

 

そして勇気を出して自分を出すと、最初感じていた恐怖や不安を良い意味で裏切られ、相手に受け入れられたとします。

 

そのとき、「あ、やって良かった!大丈夫なんだ!」という「安心」と、自分を出して受け入れられたという「成功体験」を手に入れるんですね。

 

この繰り返しによって、どんどん自分のために生きれるようになっていくわけです。

 

一度自分を出す快感を覚えた人は周囲に受け入れられていることもあり、その自分に価値があると思うようになっていきます。

 

しかし、自分の存在を脅かしそうな人間が現れると、自分の価値の証明ができなくなると思ってしまい、急に不安になるんですよ。

 

その結果、マウントを取ってしまうわけです。

 

分かりやすい例を出すと、合コンなどでわざと女友達の評判を落とすような発言を男性の前でする女性や、複数の人間が集まる場所ですぐ収入の高さや社会的地位を自慢してくる男性が当てはまりますね。

 

マウントされた側の人間は、ただただ気分が悪いのですが、じゃあ逆にする側の人間の事情を考えると、彼ら彼女らは「怖い」んですよ。

 

せっかく自分のために生きれるようになってきて、自分には価値があると思いだしてきたのに、他の誰かに否定されるのが。

 

つまり、「自分より上だ」と思う人間が目の前に現れたとき、それを認めたくないからマウントをかましてくるんですね。

 

ここで素直に負けを認められる人は、その相手と友情が芽生えたり、信頼関係ができたりすることも珍しくないんですが、マウントを取って存在価値を証明したい人は自分のことしか考えていないので、交友関係を自ら狭めているといっても過言ではありません。

 

悪い自分その2・人を見下してしまう

 

これは、第一~第三段階の生き方をしている人によく見受けられます。

 

興味深いのは、生きている段階によって人の見下し方が違う点なんですね。

 

具体的に解説させていただきましょうか。

 

第一段階で生きている人の見下し方。

成長する人としない人の差がありまして、それが次のようになります。

 

【成長する人】

人の良いところを見て盗んで、自分のものにしていく人

 

【成長しない人】

自分より下だと思っている人を見下して、「自分はまだましだ」と自尊心を保ち安心する人

 

第一段階の生き方をしている人は、自分に価値がないと思っていることもあり、他の誰かを自分より下の位置に設定しないと自尊心を保てないことが多いです。

 

もちろん、「人を見下しちゃいけない」と思って生きている方も沢山いらっしゃるのですが、そういう人たちは見下すこと以外に自尊心を保つ術を知らないことも多く、かなりの生きづらさを感じていることがよくあります。

 

見下すことでしか自尊心を保てない人は、常に自分より下の人間を探すことが習慣になっているせいで、人のあら探しだけが上手くなっていきます。

 

ではこういう人たちが、人を見下さないと決めて生きている人たちと比べて生きづらさが軽減されているのかというと、常に自分と誰かを比較して生きているので、それはそれでつらいんですよ。

 

自分より上の人間が現れたら自分より劣っている点を探してあら探し、下の人間が現れても同じようにあら探しをするので、いわば日常が「比較地獄」なんですね。

 

で、何が地獄なのかというと、比較するたびに「今の自分」が人より劣っていることから目を背けて逃げ続けないといけないので、そうすればするほど、「死んでも認めたくない自分」が肥大化していくんですよ。

 

【死んでも認めたくない自分とは?】

 

そうやって生きていると、いずれ目を背けて逃げ続けた分が、何倍もの特大ブーメランになって自分に返ってくるというわけです。

 

ちなみに、「自分はましな人間だ」と思いたいなら、見下すよりも人の役に立つ人間でいることを心がけるほうが生産的なので、それに気づいた人がボランティアの道に進むことは決して珍しくないんです。

 

しかし、そのボランティアを通じて、最初は良いことをしている自分を自己肯定できるのですが、生き方が世間体や人の評価を気にした生き方のままなので、献身が自己犠牲になってしまうことがよくありますね。

 

僕が思うにボランティアは、「自己満足とただの善意」が半々の状態でするのが望ましいと思うのですが、余裕がない状態ですると高確率で自己犠牲にシフトしてしまい、せっかくしている善行が自分の首を締める行為になってしまうんですよ。

 

なので、ボランティアをするなら「世のため人のため」じゃなくて、まず「自分のため」と割り切ってしたほうが、自己犠牲になりにくいです。

 

自分のことをちゃんとできていない状態で、「世のため人のため」という崇高な理念を掲げてしまうから、プレッシャーにもなるし、ストレスにもなるんですよね。

 

第二段階で生きている人の見下し方。

前述したマウントを取ってしまう人は必ずといっていいほど、「見下し」もセットになっているのですが、こういった人たちがマウントを取るのは、自分の存在が脅かされそうな人間が現れたときで、その際に入る見下しは「自分より劣っている点」なんですよ。

 

そうしないと、負けを認めてしまうことになるんですね。

 

だから無理やりでも相手の欠点を探すんですよ。

 

たとえば、今までクラスで人気だった女子生徒が、転校してきた女の子に人気を奪われて嫉妬し、蹴落とそうとする。

 

会社で良い営業成績を残すようになって、上司からもほめられることが増えてようやく自分の居場所を見つけられたと思っていたら、あっさり新入社員に成績を抜かれてしまい、その新人の陰口を言うようになる、みたいなことです。

 

それから、第二段階で生きている人も、第一段階で生きている人のような見下し方をすることはありますが、違う点としては、前者は「嘲笑目的」であり、後者は「安心目的」であることが多い。

 

どういうことかというと、嘲笑目的は「だからアイツ、上手くいかないんだよなあ笑」というように、人をあざ笑うことが前提で、安心目的は「アイツより自分のほうがまだましだ」という安堵感を得ることが前提なんです。

 

なんかめちゃめちゃ性格が悪いことを書いているので、ちょっと嫌になってきましたが、第二段階の生き方ができるようになってくると、自分のためにも生きているので、それができない人のことを馬鹿にすることがよくあります。

 

ただ、それは主観であることも多く、自分が思う幸せに基づいての見解なので、馬鹿にした相手が自分よりも幸福度が高かったなんてのはよくある話しです。

 

一例を出すと、自分は高給取りになっているのに、昔の友達はまだバイト生活をしているから、「アイツ、やべえよな」と仲間内で陰口を言っている人がいたとします。

 

でもこの人は自分のためにも生きているしお金もあるんだけど、世間体や人の評価も気にして生きているので、生きづらさは消えないままなんです。

 

しかし、馬鹿にされた友達は夢のために働く時間を最小限に抑えて、ひたすら夢に突き進む充実した生活を送っていたとしましょう。

 

この人は、「笑いたいヤツは勝手に笑え。俺は自分がやりたいことを叶えるためにやる!毎日楽しい!」と思って生きてるんです。

 

一体どちらの人が幸せでしょうか?

 

間違いなく後者なんですが、幸せの定義って人それぞれ違うので、その人が幸せだと思ったらそれがその人の幸せなんですよね。

 

第三段階で生きている人の見下し方。

ようやく自分のためだけに生きれるようになった人がしてしまう見下し方。

 

それは、「だからお前はダメなんだよ」という否定の見下しなんです。

 

もちろん、「嘲笑目的」であれ「安心目的」であれ、相手を否定していることに変わりはないのですが、否定の見下しが違うところは、聞いてもいないのに余計なアドバイスをしてきたり、自分が頑張ったやり方を押し付けたりしてくるとろこにあります。

 

この状態になる人って、例外なく自分のために生きれるようになるまで、努力や苦労を積み重ねてきた背景があるんですね。

 

だから、楽をして何者かになろうとする人たちに対して、「そんなことしてて上手くいくわけねえだろ」という感情がわいてくるんですよ。

 

分かりやすい例が、「長年の努力が実って売れた人」。

 

自分がずっと頑張ってきた過去があるから、その人から見て頑張っていない人に対して、上から目線になってしまうんです。

 

それにこういう人たちは、ようやく自分の生き方が確立できたという「実績」があるので、自分のやり方が正しいと信じて疑わないことが多いんですね。

 

なのでそれを証明したいあまり、余計なアドバイスややり方の押し付けが出てきてしまうというわけです。

 

あと、自分とは違う方法で自分の人生を歩けるようになられると、都合が悪いという意味合いが含まれていることもよくあります。

 

どういうことかというと、自分より短い期間や少ない努力で自分の人生を手に入れられると、今まで自分がしてきたことを否定されているようで、素直に喜べないからです。

 

ちなみに、中には第一~第二段階の生き方であったとしても、人格が支配的であるため、否定の見下しが入るというケースもよくありますね。

 

悪い自分その3・攻撃的になる

これもまた生き方の段階によって内容が変わってくるのですが、大きく分けると次のようになります。

 

世間体や人の評価を気にした生き方が消えない人は、「自己防衛のための攻撃」になるのに対し、自分のために生きるようになった人は、「他者否定の攻撃」になります。

 

2つの他者攻撃

【自己防衛の攻撃】

・人に馬鹿にされたと感じたとき

台詞例:「どうせお前も俺のこと馬鹿にしてるんだろ!(周囲が全員敵状態)」「私もその人たちと一緒だって言いたいわけ!?(一緒にするなという怒り)」

・死んでも認めたくない自分を見透かされそうになったとき

台詞例:「お前に俺の何が分かるんだよ!(図星をつかれた怒り)」「私のことなんて何も知らないくせに!(見透かされる恐怖)」

・都合の悪いことを指摘されたとき

台詞例:「お前だって○○じゃないか!(責任転嫁)」「私だって××だししょうがないのよ!(現実逃避)」

【他者否定の攻撃】

・自分を否定されたと感じたとき

台詞例:「俺を敵に回したらどうなるか分かってんのか?(脅し)」「こんなこと言う人がいるなんて怖いよね~(味方獲得)」

・自分と違う反対意見を聞いたとき

台詞例:「それは絶対に違う!お前はおかしい!(全否定)」「まだそのレベルのこと言ってんだね(自分が絶対)」

・努力していない者を見たとき

台詞例:「だからお前はダメなんだよ!(全否定)」「なんで私の言うとおりにしないわけ?(押し付け)」

 

挙げればまだまだ出てきそうですが、自己防衛の攻撃をする人は世間体や人の評価を気にして生きているため、「自分が周囲にどう映っているか?」が大事なんですよ。

 

その「周囲に映っていてほしい自分」と違う自分を指摘されたり、揶揄されたりすると、「周囲に映っていてほしい自分」を守るために攻撃的になります。

 

逆に他者否定の攻撃をする人は、自分のために生きれるようになった「実績と積み重ね」があるので、正しいと信じているものを崩されそうになると、自分自身を守るために攻撃的になるんですね。

 

自己防衛の攻撃という点で両者は同じですが微妙に違うのは、「周囲に仮面をかぶって生きてきた自分を守るか、仮面を脱いだ自分を守るかの違い」です。

 

自分のために生きている人の攻撃で分かりやすいのは、いわゆるインフルエンサーと呼ばれる人たちの中でも、人間的に未熟な人が起こす行動が分かりやすいかもしれません。

 



 

たとえば、SNSで自分を攻撃してきた人間を吊し上げて論破しようとしたり、自分の正しさを証明するために仲間に呼びかけるような投稿をしたりする人のことです。

 

売れて調子に乗った人の中には、攻撃的になる人もいる。

実は最近ガッカリしたことがあって、僕には好きな著者さんが数人いるんですよ。

 

その中で、ある著者さんの書籍がベストセラーになったんですね。

 

そしたらそのしばらく後から、この人のツイートがやたら攻撃的になったんです。

 

それはもう、いかに自分が正しかったかを証明したいがためのつぶやきばかりで、他者や企業に対しての批判も込みなんですよ。

 

こんな風にTwitterを使っていたら影響力がある分、炎上もするわけじゃないですか。

 

「受けたケンカは買ったるで!」と言わんばかりに、バチバチにやり合うわ、リプライしてきた人を吊るし上げるわ、ただの一ファンの好意的なツイートを批判されたと勘違いして噛み付くわで、「一体この人は何と戦っていて、何をそんなに守りたいんだろう?」と思ったほどです。

 

おそらくこの人は、自分の正しさを否定してくる人間と戦い、これまで積み重ねてきた自分を守りたいんでしょうね。

 

人間って、自分が正しいと思ったものに対して「もしかしたら間違っているかもしれない」と疑わないことが多いので、この著者さんの気持ちは分からなくもないですが、著書に感銘を受けたこともあり、「売れた途端にこうならないでほしかったなあ」とガッカリしました。

 

それに、大きなお世話かもしれませんが、意味もなくSNSで他者や企業を批判してたら「こいつ、ヤベえ奴だ」と思われて仕事来なくなりますからね。

 

売れて調子に乗る人が取る行動って、見下したり偉そうになったりするケースだけじゃなくて、攻撃的になる人もいるということです。

 

謙虚な人間になるために知るべきこと。

僕は今でこそ、人生の中で一番謙虚に生きれるようになったと思っているのですが、その反面、目指す謙虚さにはまだまだほど遠いなと感じています。

 

今の僕しか知らない人からすると想像できないかもしれませんが、昔は人に対してマウントは取ってきたし、見下してきたし、攻撃的にもなっていたので、実は一通り経験済みなんですよ。

 

世間体や人の評価を気にした生き方から抜け出し、自分のために生きれるようになってからしばらくの間も、そういった悪い自分が完全に消えることはなかったんですね。

 

そんな僕がなぜ謙虚な人間に近づけたのかというと、「外出たらただのおっさんやん俺」という事実に気づいたからです。

 

つまり、僕のことを知っている人よりも知らない人のほうが圧倒的に多いこの世の中で、調子に乗った自分や悪い自分を出していいことなんて何一つないと思ったんです。

 

だからといって、僕のことを知っている人がもし多くなったとしても、謙虚さを忘れていいことは何もないのは変わらないのですが、謙虚な人間が好まれることを多くの人が知っているはずなのに、なぜ謙虚になれない人が多くいるんでしょうか?

 

その理由としては前述したように、仮面を脱いだ状態であれ仮面をかぶった状態であれ守りたい自分がいるからなんですが、もう一つ考えられることとして、「見ている世界が狭い」んですよ。

 

「井の中の蛙大海を知らず」ということわざがありますが、この言葉の意味ってもっと奥深いものなんです。

 

このことわざは主に、狭い世界の中で調子に乗っている人に向けてよく使われていますが、元々はそういう意味じゃないんですね。

 

実は、「今まで生きてきた世界の中で得た情報だけにとらわれていると、それは自分だけの狭い知識になってしまうから、物事を大局的に判断できないよ」という意味なんです。

 

たとえば、人口がすごく少ない田舎町に育った人が、これまでの人生で出会った人の数が30人に満たなかったとします。

 

その状態で、「この村しか知らないから都会とか怖い」と言ってたとしたら、これも「井の中の蛙大海を知らず」になるんですよ。

 

なので、調子に乗っている人も乗っていない人も、世界は広いということを知らないと損するわけですが、狭い世界から抜け出せたとしても、いきなり謙虚になることはできません。

 

じゃあ謙虚になるために何を知らないといけないかというと、次の項目が該当します。

 

1・自分より上には上がいることを知る

2・今の自分で通用しない世界があることを知る

3・悪い自分は恥ずかしい自分だったと知る

 

1・自分より上には上がいることを知る

これは実力に関することだけじゃなくて、努力に関することも込みです。

 

今の自分以上にすごい人や頑張っている人がいることを知り、それを認める。

 

「上には上がいるんだな。自分はまだまだだな」と今の自分の状態を俯瞰するんですよ。

 

こう思った後に、「どうせ俺(私)はここ止まりなんだ」と自己卑下するのではなく、「負けてられないから、追いつけるように頑張ろう」と自分を鼓舞させることが大切です。

 

狭い世界で調子に乗ってしまう人って、自己評価もプライドも高いので、自分より上がいることを知りたくないし認めようとしないんですよ。

 

松本人志さんが、「クラスのお調子者だったやつは、実はおもんない」と言っていましたが、これは「学生時代の人気者はお笑いの世界で成功しない説」を唱えたものなんです。

 

「なぜ成功しないのか?」という理由は深堀りすればいくらでも出てきそうですが、考えられる理由の一つは、自分が一番だと思っていたけど、大きな力やすさまじいほとの努力量を目の当たりにして、心が折れてしまったことがことが挙げられます。

 

つまり、まだ売れてはいないけど自分よりはるかに面白い人や、売れるためにものすごい努力をしている人がいることを知ってしまい、認めざるを得なくなったんですね。

 

クラスの人気者がお笑いの養成所に入るケースはよくあるそうですが、こういう人たちの大半が学生時代に「○○くん、絶対芸人になったほうがいいよ!」とか「お笑いやったら絶対売れるよ!」なんてもてはやされていた上に、元々の性質である陽キャラだけで今まで乗り切ってきたので、「自分は笑いの天才だ」と勘違いしていることも珍しい話しではないそうです。

 

そういう人たちが、上には上がいることを目の当たりにしてしまうと心が折れるのは当然なんですよね。

 

なぜ心が折れてしまったのかというと、「もっと楽して売れるはず」と思っていたからなんです。

 

つまり、そこまでお笑いの世界に情熱をかけるつもりが最初からなかったんですね。

 

しかしこういった挫折経験ってものすごく大事で、調子に乗りやすい人ほど上には上がいることを知るのは大切です。

 

その経験を通じて、高い自己評価と実際の自分との乖離をなくしていき、謙虚さを学んでいくというわけです。

 

挫折から、「自分をどう立て直すか?」が重要なんですよ。

 

ここで「どうせ自分は・・・」とひねくれてしまう人は、その考えでいる間、ずっとそこ止まりです。

 

2・今の自分で通用しない世界があることを知る

「この人は良い恋愛ばかりしてきて、自己肯定感も高いはずなのに、なんでこんなしょうもない異性に執着するんだろう?」と思うことがこれまでに何度かあったんです。

 

なぜ執着してしまうのかというとその理由の一つが、「今まで異性に大切にされてきた経験しかないから、その自分が大切にされないのはおかしい」というもの。

 

つまり、今まで上手くいってきたのに、なんで上手くいかないか納得できないから、執着してしまうというわけなんです。

 

彼ら彼女らがそうなってしまうのは当然で、人は今までの自分で通用してきたから、これからも通用するはずという前提を作ってしまう傾向があるんですよ。

 

この人たちが知らないといけないのは、今の自分で通用しない世界があることだけじゃなくて、世の中には人の価値が分からない人間や、人を大切にしたことがない人間が一定数存在するという事実です。

 

そういった相手に、自分を大切にしてもらおうと働きかけても、徒労に終わるんですよね。

 

ほかにも、昔は散々モテていたアラフォー女性が、今もモテると勘違いして若い子と張り合うのは痛いみたいな記事がネット上にはありますが、これって女性に限らず男性も同じなんです。

 

多くの35歳男性って、よほどの暴飲暴食を繰り返していない限り、20代の頃と見た目がそんなに変わっていないんですよ。

 

だから「俺もまだまだいける」と錯覚したアラフォー男性が結構多いんですよね。

 

しかも、中身も20代の頃と変わっていなかったから、余計にそう思ってしまうんです。

 

そういった男性が会社の中で若い子の飲み会に混じって幅をきかせたり、カラオケで米津玄師とか歌っちゃったりして、その裏で「若作りの人」「痛いおっさん」扱いされていることはよくある話しです。

 

なので過信しないよう、その都度今の自分を俯瞰することは大切なんです。

 

それからこういったケースもあります。

 

親子ほど歳の離れた夜のお店の女性に対し、色営業をかけられたわけでもないのに、本気で口説いて女の子に断られたら、文句言ったりブチギレたりする男性っているじゃないですか。

 

なんでいけると思ったん?

って話しですよね。

 

でもこれって、年齢差があってもなくてもよくある話しで、人間って「いいな」と思った人に対して、無意識に「自分は特別扱いしてもらえるはず」という前提でいることって多いんですよ。

 

「自分は好きだし相手も好きに違いないという錯覚」ですね。

 

とくに恋愛の場面だとそういうケースは男女ともに多くて、いいなと思った異性には、これまでに相手が形成してきた交友関係があるわけじゃないですか。

 

その中で自分が一番になっているはずという前提の人って結構多いです。

 

それに付随して、これは女性にとって耳が痛い話しかもしれませんが、「自分がいれば相手もいつか変わってくれるはず」という前提の人も多く見受けられます。

 

「なんで歴代の彼女や親ですら変えられなかったことを、自分が変えられると思うのか?」という話しになりまして、厳しいようですがこれはただの自意識過剰です。

 

これまでお話したケースだけでなく、今の自分の実力や積み重ねてきた努力にかかわらず、それらが一切通用しない世界があることを知らないと、人は謙虚になることができません。

 

3・悪い自分は恥ずかしい自分だったと知る

人が謙虚になる上で切っても切り離せないものが、この3つ目です。

 

マウントを取っていた自分、人を見下していた自分、攻撃的になっていた自分、いろんな悪い自分を思い返し、「あのときの自分はマジで恥ずかしかったなあ」と思うことができている人は、すでに謙虚道へ足を踏み入れています。

 

なぜ恥ずかしいと思うことができるのかというと、悪い自分を出して痛い目に遭ったり、自分よりすごい人がめちゃめちゃ謙虚だったのを目の当たりにして、急に自分のことが恥ずかしくなったりした過去があるからなんですよ。

 

僕が思うに本当に謙虚な人って、過去に調子に乗って悪い自分を出しまくっていた人が多いように感じます。

 

対比となる真逆の経験をしているからこそ、「あのときの自分に戻りたくない」と思うことができ、光の道を歩くことができるんですね。

 

「もう二度とあの頃には戻りたくない」という気持ちって、人を成長させる上で必要不可欠だと思うんです。

 

それがどんな過去であれ、戻りたくないという気持ちが強ければ強いほど、進むことを止めないですからね。

 

なので、「黒歴史」って実は必要だったりするんです。

 

弱い自分を認めることは決して情けないことではない。

以上が、謙虚な人間が好まれるのを多くの人が知っているはずなのに、謙虚になれない人が多い理由になります。

 

謙虚な自分でいることは、弱い自分を認めることなんです。

 

その弱い自分を知るには、万能じゃないし、まだまだできないこともあるし、実力がともなっていないこともあるし、努力が足りてないことだってあるし、まったくもって通用しない世界があるし、こういった現実を通じて「自覚する」ことが必要。

 

仮面の脱着状態に関係なく自分を守りたい人たちと同様に、過去の栄光にすがりついている人たちも、自分の弱さを認められないからすがりついてしまうんですよ。

 

「本当の自分はそんな大したことない」「今の自分は昔と違ってよろしくない」といった、「実際は弱い自分」を認められない人ほど、すがりついてしまうんですね。

 

弱い自分を認めるのって何も恥ずかしいことじゃないし、恥を捨てて開き直った人間ってめちゃめちゃ強いんです。

 

もちろん、開き直った強さが悪い方向に作用する場合もありますが、こういったケースは全部の責任を丸投げした結果に起こることなので、該当しません。

 

謙虚になると人は、「助けてください」「教えてください」と言えるようになるし、今の自分を偽ろうとしないので、能力や実力になくできないことは「できない」と言い、苦手なことは「苦手」と言うので、誠実に映ります。

 

その人間らしさに好感を覚える人が多いから、謙虚な人が好まれるというわけなんです。

 

しかし、謙虚な人のほうが少ないこの日本では、それだけ守りたい自分がいて、認めたくない弱い自分がいる人のほうが多いのが事実。

 

この事実を知っていたら、謙虚じゃない人に遭遇しても優しい目で見ることができるし、反面教師として、「自分は謙虚に生きよう」と思うことができるのではないでしょうか。

 

謙虚道も一日にしてならず。

 

一緒に頑張っていきましょう。

 

 

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