withonlineで66回目の連載がアップされました。

 

今回は、傷ついた恋愛経験で前に進めない女性に向けて執筆しました。

 

 

過去に付き合ったりかかわったりした男性が酷かった場合、それ以降に出会う異性に対し「男性=酷いことをする」とひと括りで見てしまう女性は多いようです。

 

この場合、ちゃんと過去の恋愛を乗り越えていないと、この固定観念は消えないんですね。

 

他にも、こういったケースがあります。

 

「前にあんなことが起こったから、次もまた同じことが起こるかもしれない」

「前に失敗したから、次もまた失敗するかもしれない」

 

こんな風に思っていると、本当にそうなることってあるじゃないですか。

 

この法則を僕は「神様の再テスト」と呼んでいるのですが、それは下記記事の中でも詳しく解説しております。

 

 

しかし、こういったケースはどうなんでしょうか。

 

「DVする親だったから、自分も親になったら子どもに同じことをするんじゃないだろうか」

「モラハラな親だったから、自分も子どもに暴言を吐いたりするんじゃないだろうか」

 

実はこれらのケースはかなり根深い問題なんです。

 

DVやモラハラの親に育てられた子どもの多くは大人になるにつれ、「自分には親の血が流れている」という事実を嫌でも自覚するようになっていきます。

 

その結果「自分も親のような人間になるかもしれない」という恐怖を抱く例は枚挙にいとまがなく、誰かと家族を形成することなんてできないと思い込んでしまう場合が多い。

 

前回の記事でお話した、北九州連続監禁殺人事件加害者の息子さんも、インタビューでそう答えていました。

 

 

今回のブログでは、「DVやモラハラの親の子どもは同じような親になってしまうのか?」という問題について、お話させていただきます。

 

なぜDVやモラハラの親の子どもは同じ道をたどってしまうのか?

まず、なぜ親に散々苦しめられた子どもが、親になったときに同じことを自分の子どもにしてしまうのか。

 

その理由についてお話させていただきます。

 

1・罪悪感のすり替え。

「DVやモラハラの親の子どもは、自分が親になったとき子どもに同じことをする」といわれることが多いです。

 

誰が言い出したか分からないこの情報が広く知られてしまったせいで、「自分もきっとそうなるに違いない」と思い込んでいる人は結構多いんですね。

 

この思い込みはかなり厄介で、つい自分の子どもに暴力をふるったり暴言を吐いたりしてしまったとき、「やっぱり自分も親と同じことをしてしまうんだ」と思い込みが正しかったという証拠を作ってしまうんです。

 

最初は子どもに対して酷いことをした自分を責めに責めて、罪悪感を感じます。

 

しかし、子どもがしたことに対して感情を抑えられず暴力や暴言を止められないでいることが続くと、「親があんなだったから自分も同じことをするのはしょうがない」と正当化し、いずれ「これは子どものためにやっている」と罪悪感のすり替えを行うようになるんですよ。

 

これは、拷問執行官によくある心理なんだとか。

 

多くの執行官になりたての人は、たとえ悪人であっても故意に人を傷つけることに対し、罪悪感の払拭ができません。

 

その罪悪感を払拭するために、「これは国に任された大切な仕事だからしょうがない」と拷問を正当化し、「自分は正しいことをしている」と罪悪感のすり替えを行うようなんですね。

 

しかしDVやモラハラは仕事ではありません。

 

罪悪感から逃げてしまった親は他にも、人生が上手くいかないことを「この子がいるせいで」と責任転嫁し、暴力や暴言を正当化することもよくあります。

 

2・自分を罰している。

これは、過去の自分が親に対して何も抗えなかったことを悔いて腹を立てているケースです。

 

そして、自分の子どもに過去の自分を投影して罰するんですね。

 

でも、いくら子どもを罰してもそれは自分を罰していることにはならないので、「過去の自分を子どもに投影して酷いことをしている」と自覚して改めない限り、終わりがないんですよ。

 

この「投影して罰する」という行為って非常に厄介で、多くの場合、本当に罰したい相手には手を出さないんです。

 

つまり逆恨みってことなんですが、本当に罰したい相手は対象が自分だけじゃなく、母親や父親など他者になることもあります。

 

下記記事でお話したテッド・バンディもその一人だと僕は思っています。

 

 

彼は、自分を振った元恋人を本当は罰したかったのではないでしょうか。

 




 

3・自分ができなかったことを子どもにされて腹が立つ。

このケースは、自分が子どものときにできなかったことを自分の子どもがしていて腹が立つというものです。

 

    • 自由にさせてもらえなかった
    • わがままを聞いてもらえなかった
    • 我慢ばかりを強いられた

 

などなど。

 

子どものときの自分ができなかったことを、自分の子どもがしているから腹が立つという、これもまた逆恨みのケースですね。

 

「過去の自分と同じようにお前もしろ」という過剰な押し付けになるのですが、その結果、親がDVやモラハラに走ることは珍しいことではありません。

 

しかもそうしている親本人は逆恨みしている自覚がないので、暴力や暴言を「ただの教育」と履き違えている場合もよくあります。

 

4・ストレス発散。

親にされたことが酷すぎると、そのストレスを子どもにぶつける人間がいます。

 

書いていて嫌になるケースですが、実は親子関係だけじゃなくて普段の人間関係の中でも、ストレス発散はよく行われているんです。

 

たとえば、部活での先輩後輩の主従関係。

 

先輩の理不尽なしごきやいじめにずっと耐えていた人間が上の立場になると、同じことを後輩にするようになる場合があります。

 

他にも、パワハラ上司に苦しめられていた人が上の立場になると、部下に同じことをしたり。

 

酷いことをされてきたコミュニティの中で権力を手に入れてしまうと、間違った方法で力を示すようになる人がいるのは、どの時代でもどの場所でも変わらないんですね。

 

5・力で押さえつけることを学習した。

親に酷いことをされて育った子どもは、どこかのタイミングで次のように学習することがあります。

 

「こうすれば人って言うことを聞くんだ」

 

と。

 

DVやモラハラをする親は恐怖政治で子どもを押さえつけるので、「恐怖で人はひれ伏す」と間違った形で子どもが学習してしまうことがあるんです。

 

その結果、自分が親になったときに言うことを聞かない子どもに対して、間違った力の使い方をしてしまうというわけです。

 

つまり、安易な形で子どもをねじ伏せようとするんですね。

 

子どもと向き合って叱ることよりも、怒って恐怖を与えるほうがある意味楽なんですよ。

 


以上になりますが、中には親に洗脳されすぎて「親がしてきた行い=正しい教育」と思い込んで、子どもに対して自分がされてきたことと同じ扱いをする人間もいます。

 

しかし、自分の親がありえないことを自覚した子どもは、前述したように「自分も親のような人間になるかもしれない」という恐怖を抱き「血のつながり」を呪うことがよくあります。

 

DVやモラハラは遺伝するのか?

親がありえないことを自覚した子どもが恐怖するのは「遺伝」。

 

親の悪い部分が遺伝しているのではないかと疑うんですね。

 

モラハラをする人に多いといわれる発達障害と自己愛性人格障害ですが、今の見解では「先天的な脳の機能」と「生活環境」が掛け合わさって発達障害になるといわれています。

 

なので、「遺伝してるかもしれないし、してないかもしれない」という非常に中途半端な答えになってしまうのですが、僕の見解では遺伝しているかどうかに着目するよりも「DVやモラハラをしない環境作り」のほうが大切だと思ってます。

 

とくにモラハラは世代を超えて伝染しやすいといわれていることもあり、遺伝すると考えている人が多いですが、ほとんどの場合これは連鎖になるんですよね。

 

何が連鎖しているかというと「人格」です。

 

人格とは「攻撃的」「暴力的」「口が悪い」「否定的」などを指し、これらは性格じゃなくて生きてきた環境で根付いたものです。

 

下記記事でお話したように、性格と人格は違うんですよ。

 

 

では、どうやって連鎖するのかというと、先述の「力で押さえつけることを学習した」が関係しています。

 

生きるために適応力を身につける子ども。

人には環境適応力があります。

 

それは子どもも同じで、置かれた環境下において順応するように生き方を学んでいくんですね。

 

モラハラの親に育てられた子どもは、「どうすれば親に怒られないか?」「どうすれば親が機嫌よくしてくれるか?」を探り、家族に順応しようとします。

 

しかもここで厄介な問題があってそれが何かというと、子どもにとっての親は「絶対」なんですよ。

 

モラハラをする人間って、自分が相手より優位に立ち罪悪感をおあったり、事実を改ざんしたりして服従させるわけじゃないですか。

 

それを子どもは「自分が悪いことをしているから親がそうしている」と信じて疑わないんですよね。

 

子どもにとって、親がやっていることは悪いことだと感じていない場合がほとんどで、「正しいこと」や「当然のこと」と認識している場合がよくあります。

 

その結果、子どもはモラハラ親を疑うことなく肯定し、家族に順応しつつ力で押さえつけることも学習するわけです。

 

なので、モラハラは遺伝ではなくて家庭環境の中で連鎖したものになるんですね。

 

父親の血が受け継がれていると恨んだこともあった。

ちなみに今ではもう折り合いがついてどうでもよくなったことですが、許せないまでいかなくても父親のことが嫌いだった時期がありました。

 

下記記事でお話したとおり、僕は愛人の子どもとしてこの世に生まれましたが、自分の出生を呪ったことはなくても、遺伝を恨んだことがあったんです。

 

 

何を恨んだかというと、「女々しい」という遺伝。

 

母から聞かされた別れ際の父は女々しさの塊だったのですが、僕は元々めちゃめちゃ女々しい男だったんですよ。

 

そんな自分が嫌でしょうがなかった時期があったのですが、僕は自分の女々しさを父親のせいにしていたんですね。

 

「親父が女々しかったから遺伝したんだ」って。

 

でもこれって生きてきた中で根付いた人格になるので、遺伝は関係ありません。

 

今は生き方が変わったので、当時のような女々しさはなくなりましたが、自分の嫌なところってほとんどの場合が性格や遺伝じゃなくて人格なんです。

 

この部分を間違って解釈していると、遺伝させたと勘違いして親のせいにしたり変えられないものだと思い込んだりするので、注意が必要。

 

実際、僕も女々しさを遺伝だと思ってたときは、「これは性格だし変えられない」と思ってましたからね。

 

人格は、生き方を変えたらちゃんと変わります。

 

親が毒すぎるのに、なぜ立派な親になる人がいるのか?

親に散々酷い目に遭わされてきた子どもが、立派な親になって子どもを育てているケースも沢山ありますよね。

 

親と同じ道をたどる人と、親と真逆の道をたどる人。

 

なぜこのような違いが生まれるのでしょうか。

 

その答えがこちらです。

 

    • 親がありえないことを自覚して反面教師にした
    • 愛することを学んだ
    • 親になる覚悟をした

 

一つずつ解説させていただきます。

 

1・親がありえないことを自覚して反面教師にした

僕の友人で、何かあるたびに声を荒げる父親に育てられた男性がいます。

 

現在の彼は二児の父なんですが、子育てで決めていることがあるそうです。

 

「うちの親父がすぐ怒鳴る人間だったから、それが嫌でしょうがなかったんですよ。

だから俺はぜってえ親父のようにならねえって決めて、子どもに接してます。

子どもに怒ることってないし、叱るというよりか諭すようにしてますね。」

 

彼のこの発言を聞いて、いい大人になったんだなとちょっと感動したのですが、反面教師にするって「その相手と同じことをせずに真逆のことをする」という意味なんです。

 

「アイツ、ないよなあ」「ああはなりたくないなあ」と、ただ陰で文句言っているうちは反面教師にできていません。

 

ただ悪口を言ってるだけです。

 

とくに親を反面教師にする場合、できていない人のほうが多いのですが、その大きな理由として「親を悪く思いきれない」ことが挙げられます。

 

勘違いしないでいただきたいのは、親を憎んで嫌いになれと言っているのではなくて、親の良いところと悪いところを切り分けて考えないから反面教師にできないんです。

 

つまり、良いところも悪いところもごちゃ混ぜにして考えすぎるのが原因なんですね。

 

分かりやすい例が、ろくでもない男性と付き合っている女性が言う「でもあの人にも良いところもあるし」というもの。

 

でも、この良いところにはかならず悪評もセットでついてますよね。

 

良いところはある。けれど嘘をつく。

良いところはある。けれど酷いことを言う。

良いところはある。けれど約束をすぐ破る。

 

みたいに。

 

相手を悪く思いきれない人の多くが、この切り分けができていない上に、相手の悪い部分から目を背けようとしているんです。

 

なぜそうしてしまうのかというと、「相手が酷いことを自分にしてきている」と自覚してしまったら自分に対する扱いの雑さを認めてしまうことになるので、余計に傷つくからなんですよ。

 

場合によっては、「どうでもいいと思われている」という現実を認めざるを得なくなるので、だから目を背けたいわけです。

 

しかし、酷いことをしてくるのは相手の人格の未熟さゆえであって、こちらは関係ありません。

 

この事実を分かっていない人は「酷いことをされる自分に問題がある」と考えてしまいます。

 

親がDVやモラハラだったのに悪く思いきれない人の多くが、大人になった今もこのように自分を責めてしまっているので、だから切り分けができないんですね。

 

もう一度言います。

 

酷いことをしてくるのは相手の人格の未熟さゆえであって、こちらは関係ありません。

 

たとえ「自分が言うことを聞かない子どもだったから悪い」とか、「物覚えが悪い子どもだったから」とか、そこにどんな事情があったのだとしても、暴力や暴言に走っていい理由なんてないじゃないですか。

 

相手をイライラさせた自分が悪いんじゃなくて、勝手にイライラしてそれをぶつけてきた相手に問題があるんですよ。

 

親に限らず誰かに酷いことをされたり言われたりして「傷ついた」のであれば、たとえ相手に良いところがあったとしても、「それはそれ、これはこれ」なんです。

 

ちゃんと切り分けて考えてください。

 

そして、自分が傷ついたことは他の誰かにもしないと決めて実践するのが、反面教師にするということです。

 

ただし、下記記事でお話したように「傷ついた」のと「すねている」は違うのでご注意を。

 

 

2・愛することを学んだ

親が毒すぎる家庭で育った子どもは、愛情をかけてもらえないまま大人になります。

 

するとどういう現象が起きるのか?

 

愛情をかけてもらった記憶がほとんどないから、人に対する愛情のかけ方が分からないんですね。

 

人格否定、裏切り、暴力、存在無視、過干渉による束縛などなど。

 

毒親といっても様々な人種が存在するので養育環境が家庭によって異なるのは当然ですが、愛とかけ離れた接し方を親からずっとされて育ったら、自分がされたことがないから愛情のかけ方が分からないのは当たり前です。

 

しかも、大人になった今でも寄ってくる人間がいまいち信用できない。

 

つまり、「良いこと言ってくるけど、結局自分のことしか考えてないんだな」と分かった瞬間から、信用できなくなるんですね。

 

しかしその中には、嘘を嫌い本音でぶつかってきてくれる人や、慈愛に満ち溢れた人との出会いがあるんです。

 

そういった人たちとのかかわりを通じて、誠実さや優しさを学び、肉親以外で自分のことを愛してくれる人がいる事実を知るんですね。

 

皮肉にも一番愛を教えてほしかった親は教えてくれなくて、まさかの他人が教えてくれたことになるので、愛情をかけてもらえなかった子どもはその事実を認めることに対し、最初はすごく葛藤するケースが多いです。

 

この「親は愛してくれなかったけど、愛してくれる他人がいる」というある意味残酷ともいえる事実を認めることができた人は、愛を学ぶことができます。

 

しかし、認められなかった場合は前述した記事にあるように「虐待された猫」のようになってしまうわけです。

 

ただ、DVやモラハラをする親の子どもじゃなかったとしても、対人関係を通じて誠実さや優しさを学べない人は、自分が親になったときに愛情のかけ方を分からないまま育児をすることになります。

 

実際、周りの友達がみんなそうしているからという理由で、「どうしても結婚して子どもが欲しい」と誰かと結婚をし、ノープランで家族を築いた人が「毒親予備軍」になっていることは珍しい話しではありません。

 

なので、親がまともであろうがなかろうが自分が人の親になる前に、人間関係を通じて愛することを学んでいないといけないんですね。

 

【愛するということ】

 

もちろん、子育てを通じて愛を学ぶケースも沢山ありますが、これは愛の素養があるかどうかで変わってくる部分が大きいんじゃないかと思います。

 

つまり、今まで散々不誠実に生きてきて、自分勝手に振る舞っていた人間が人の親になって急に変わることなんてありえないんですね。

 

だって、生き方は急に変わらないし変えられないのだから。

 

自分のことしか考えずに生きてきた人ほど、方向転換が難しいということです。

 




 

3・親になる覚悟をした

たとえ「親がありえないことを自覚した」「愛することを学んだ」という2つをクリアしても、「自分が人の親になってもいいのだろうか?」という不安が完全に消え去ることはありません。

 

じゃあ彼ら彼女らはどう折り合いをつけて家族を持ったのか。

 

それは「人の親になる」と腹をくくったんです。

 

「今日からダイエット始めるねん!」「今日から資格の勉強するねん!」というような、そのときの気分でした決意じゃないんです。

 

「人の親になるために生き方を変える覚悟」をしたんですよ。

 

親がどんな人間であれ、今まで自分本位で生きてきた人も自由気ままに生きてきた人も、これまでの生き方がガラリと変わり立派に子育てをしている人は、親になる覚悟をした人が多いように思います。

 

あとは、「自分はこの子の親であるという自覚」ですね。

 

しかもこの覚悟と自覚って生活している中で試されることも多くて、その度に覚悟と自覚をし直さないといけない場合が多い。

 

でもこれって、自分の親がDVやモラハラであろうがなかろうが、関係ないですよね。

 

覚悟も自覚もないまま家族を形成して親になった人って、独身気分が抜けないだけではなく、前述したように毒親予備軍になっていることがよくあるんです。

 

親がすごくまともだったのに、その子どもが毒親になったというケースも多々ありますから、遺伝どうこうじゃなくて「これまでどう生きて何を学んできたか?」という部分が大きく反映されるのではないでしょうか。

 


以上になりますが、まとめますと親がDVやモラハラだったからといって、自分もかならず同じ道をたどるとは限らないとこの記事を通じて言いたかったわけです。

 

現に、同じ道をたどらず立派に家族を形成している人たちが沢山いますし、これはその人だからできたことではないんですよね。

 

彼ら彼女らは、いろんな過去を乗り越え自分自身と向き合い、自分の生き方を手に入れて、対人関係を通じて愛を学びつつ人の親になったというのが僕の見解です。

 

    • 1・親がありえないことを自覚できた
    • 2・親離れした上で反面教師にしている
    • 3・精神的自立を果たし自分の生き方を確立することができた
    • 4・対人関係を通じて愛することを学んだ
    • 5・家族は欲しいが不安がある

 

以上をクリアしているのであれば、足りないのは「親になる覚悟」です。

 

もちろん、自分の親がどんな人間であれ、人の親になるって非常に大変なことです。

 

ですが、今まで親に苦しめられてきた人が、自分で人生を切り開き安心できる家族を作りたいと願うのは、いけないことなのでしょうか?

 

「周りが出産ラッシュだから私も子どもがほしい」というような何も考えてない人間と比べたら、人の親になる恐怖を感じている人のほうがずっとまともだと僕は思います。

 

だって、「自分がした思いを子どもにさせたくない」という気持ちが根本にあるわけですし、それ以外にもめちゃめちゃ色んなことを考えているはずですからね。

 

もう一度言いますが、遺伝じゃなくて「これまでどう生きて何を学んできたか?」という部分のほうが大きいんですよ。

 

人生も家族も、自分の手で作り上げていくものだということをお忘れなく。

 

 

【withonlineコラム】

 

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